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発展・「直交補空間」

≪直交補空間≫

内積を持つ線型空間 V の線型部分空間 WV に対して、W のすべての元と直交するような V の元全体の集合を、(線型空間 V における)W の「直交補空間」と呼び、記号「」を用いて W と表記する。すなわち、

W= { vV |  w,vV=0 , wW } (1)

このとき、WV も、V の線型部分空間になる。

そのことを確認しておこう。  まず、「線型部分空間」とは, 足し算やスカラー倍をしても, その結果が自分自身の中にとどまるために, それ自身が「線型空間」になっているような部分集合のこと、であるから、v1,v2W , cR とすると、
w ,v1 +v2 = w ,v1 + w ,v2  ところで、 v1,v2W より w ,v1=0 w ,v2=0  したがって、 =0+0=0  よって、 v1+v2W  また、 w ,cv1 = cw ,v1 =c·0=0  よって、 cv1 W
したがって、W も内積構造を保つ線型部分空間になるから、 V の線型部分空間になることが分かる。

<直交補空間と基底>

 いま、dimR =m として、W正規直交基底 e1e2em を勝手にひとつ取ってきたとすると、eiWi=12m となるから、

vW    ei, vV =0 (2)

となることが分かる。

一方、i=12m に対して

ei, vV =0 (3)  となると、仮定して、wW を、 w= a1e1+ a2e2+⋯+ amem a1a2amR  というように表わしてみると、 w ,v = a1e1+ a2e2+⋯+ amem ,v = a1·⟨ e1 ,v+ a2·⟨ e2 ,v+⋯+ am·⟨ em ,v =0 ((3)式より)  すなわち、 vW  となることが分かる。よって、 ei, vV =0    vW (4)  したがって、(2)、(4)式より vW    ei, vV =0 i=12m
となることが分かる。

すると、W の直交補空間 W は、W の基底を用いて、

W= {vV |  ei, vV =0 i=12m } (5)

というようにも表わせることが分かる。

<線型空間 VWW の直和となる>

与えられた線型空間 V がいくつかの線型部分空間に分解することを考えると、線型空間 V の元も「成分分解」することになる。そこで, V の線型部分空間 WV が, 勝手にひとつ与えられたとして、勝手な元 uV に対して、

u= w+ v (6)
のように表わされるとすると, wW や vW はどのような元でなければならないのか、を考えてみよう。

いま、dimRW=m として、W正規直交基底 e1e2em を、勝手にひとつ取ってきて、a1a2amR として、wW を、

w= a1e1+ a2e2+⋯+ amem (7)
と表わして考えてみることにする。すると、(6)式は、
u= a1e1+ a2e2+⋯+ amem+ v (8)
というように表わせることになる。
そこで、eiW と(8)式の内積を考えると、
ei ,u⟩= ei, a1e1+ a2e2+⋯+ amem+ v = ei, a1e1⟩+ ei, a2e2⟩+ ⋯+⟨ei, amem⟩+ ei, v = a1·⟨ei,e1⟩+ a2·⟨ei,e2⟩+ ⋯+am·⟨ei,em⟩+ ei, v (9)

ところで、いま、eiW は正規直交基底であるから、
⁡⟨ei ,ej ⁡⟩= 1, i=j 0, ij i,j=12m (10)  また、vW より vW    ei, vV =0
となることに注意する。

したがって、(9)式は
ei ,u⟩= a1·1+ a2·1+⋯+ am·1+0 =ai  すなわち、i=12m  に対して、 ai=⟨ei,u (11)
このことは、いままで漠然と定義されていた aiR は、uV が、(6)式のように表わされるとすると、wW の元は、与えられた元 uV に対して、(11)式によって具体的に定まる、ということを意味している。
それでは、具体的に定まる wW  の元を用いて、vV は、(6)式より

v= u -a1e1 -a2e2 -⋯-amem

でなければならないことが分かる。
そこで、改めて、ei,vV を考えると、

ei, v⟩= ei, u -a1e1 -a2e2 -⋯-amem = ei, u -⟨ei,a1e1 -⟨ei,a2e2 -⋯-⟨ei,amem = ei, u -a1·⟨ei,e1 -a2·⟨ei,e2 -⋯-am·⟨ei,em  (10)式より = ei, u -ai  (11)式より =0  したがって、(5)式より、 vW
となることが分かる。

以上より、(11)式によって定まる係数 a1a2amR を用いて

w= a1e1+ a2e2+⋯+ amem  ∈W v= u -a1e1 -a2e2 -⋯-amem  ∈W  と定めることで、 u= w+ v
と「成分分解」できることが分かる。

ところで、線型空間 V が、W と W の直和となるための条件としては、

 (イ)  勝手な元 uV に対して、
u= w+ v
  となるような元 wW,vW が存在する。
 (ロ)  wW,vW として、
0= w+ v    w= v= 0  となる。
という二つの条件が満たされることが確かめられればよい。

まず、(イ)という条件は、上の考察で条件が満たされることが分かる。
次に、(ロ)という条件について考えてみよう。

 いま、 wW, vW として 0= w+ v (12)
となると仮定してみる。このとき、
w,v V=0
 となることに注意して、(12)式の両辺と、w との内積を考えてみると
0= ⁡⟨w, w+v⁡⟩ = ⁡⟨w, w⁡⟩+ ⁡⟨w, v⁡⟩ = w2  よって、 w=0
全く同様に、(12)式の両辺と、v との内積を考えてみると
0= ⁡⟨v, w+v⁡⟩ = ⁡⟨v, w⁡⟩+ ⁡⟨v, v⁡⟩ = v2  となることが分かるから、 v=0  したがって、 w=v=0
となることが分かる。

以上から, (イ), (ロ) という二つの条件が満たされることが分かるから, 線型空間 V は V=WW
というように「 W の方向」と「 W に直交する方向」W に直和分解されることが分かる。このように、W は、線型空間 W の中で、「W の方向」だけではカバーできない方向を「 W に直交する方向」として「補っている」ので、W の「直交補空間」と呼ばれる。
「直交補空間のメリット」
 一般に、線型空間 V 上での線形写像 f:VV が与えられているときに

wW f(w)∈W

W の勝手な元 wW に線形写像 f を施しても、その行き先 f(w)  は、W 内に収まる」、すなわち、「線型写像 f を施すという操作で W は不変に保たれる」という条件を満たす V の線型部分空間 WV を線形写像f の不変部分空間と呼ぶ。
そこで、いま、線型空間V

V=WW

というように、直和分解しているとき、W が対称変換 f の不変部分空間である場合、W  の直交補空間 W がどうなるか、すなわち、直交補空間 W も不変部分空間になるかどうか、を考えてみよう。  いま、 f が、対称変換であるということに注目して

fw, v⟩= v, fw w ,vV (13)

という対称変換の定義式における w,vV として、

wW ,  vW

となる元をとってくると、W は対称変換 f の不変部分空間である、と仮定しているから、fwW となることに注意すると、(13)式の左辺は

fw, v V=0 (14)
よって、(13),(14)式より、勝手な元 wW に対して、
w, fv V=0  となることが分かるから fv W  したがって、 v W fv W
となることが分かる. 以上から, W が対称変換 f の不変部分空間である場合、 W の直交補空間 W も対称変換 f の不変部分空間になることが分かる。このことは、何を意味しているだろうか。
いま、線型空間 V 上での線形写像 f:VV が与えられているときに、対称変換 f の不変部分空間 W を用いて、
V=W W
というように直和分解して考えることにより
「サイズの大きな対称変換の様子を理解する問題」を「サイズがより小さな対称変換の様子を理解する問題」へ、 すなわち、対称変換 f の定義域や値域を W や W に制限することによって得られる対称変換

f|W :WW f|W :WW
の様子を理解する問題」に帰着して考えることができるということ、になる。

<「牛腸作 数学Ⅱ演習」・独習ノートより>

(1)行列の基本変形とはなにか
(2)行列を「simpleな形」に変形する
(3)基本変形により逆行列を求める
(4)線形空間の考えとは
(5)線形写像とは
(6)異なる基底はいくつあるか
(7)表現行列変換の基本
(8)行列の対角化の問題
(9)行列の対角化の問題(2)

行列式(1)行列式とはなにか
行列式(2)行列式の実務計算
行列式(3)行列式の余因子

展開(1) 線型漸化式と行列
展開(2) 線型常微分方程式

発展 (1)対称行列
発展 (2)直交行列
発展 線型空間の「直和」
発展 「直交補空間」

補論 Cramer の公式と「掃き出し法」
補論 Cayley-Hamilton の定理
補論 行列値関数の微分

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