≪直交補空間≫
内積を持つ線型空間
の線型部分空間
に対して、
のすべての元と直交するような
の元全体の集合を、(線型空間
における)
の「直交補空間」と呼び、記号「
」を用いて
と表記する。すなわち、
このとき、
の線型部分空間になる。
そのことを確認しておこう。
まず、「線型部分空間」とは, 足し算やスカラー倍をしても, その結果が自分自身の中にとどまるために, それ自身が「線型空間」になっているような部分集合のこと、であるから、 とすると、
したがって、 も内積構造を保つ線型部分空間になるから、
の線型部分空間になることが分かる。
<直交補空間と基底>
いま、
として、
の
正規直交基底 を勝手にひとつ取ってきたとすると、
となるから、
となることが分かる。
一方、
に対して
となることが分かる。
すると、
の直交補空間
は、
の基底を用いて、
というようにも表わせることが分かる。
<線型空間 が と の直和となる>
与えられた線型空間
がいくつかの線型部分空間に分解することを考えると、線型空間
の元も「成分分解」することになる。そこで,
の線型部分空間
が, 勝手にひとつ与えられたとして、勝手な元
に対して、
のように表わされるとすると,
はどのような元でなければならないのか、を考えてみよう。
いま、
として、
の
正規直交基底 を、勝手にひとつ取ってきて、
として、
を、
と表わして考えてみることにする。すると、(6)式は、
というように表わせることになる。
そこで、
と(8)式の内積を考えると、
ところで、いま、 は正規直交基底であるから、
となることに注意する。
したがって、(9)式は
このことは、いままで漠然と定義されていた
が、(6)式のように表わされるとすると、
の元は、与えられた元
に対して、(11)式によって具体的に定まる、ということを意味している。
それでは、具体的に定まる
は、(6)式より
でなければならないことが分かる。
そこで、改めて、
を考えると、
となることが分かる。
以上より、(11)式によって定まる係数
を用いて
と「成分分解」できることが分かる。
ところで、線型空間
の直和となるための条件としては、
(イ) 勝手な元
に対して、
となるような元
が存在する。
(ロ)
として、
という二つの条件が満たされることが確かめられればよい。
まず、(イ)という条件は、上の考察で条件が満たされることが分かる。
次に、(ロ)という条件について考えてみよう。
となると仮定してみる。このとき、
となることに注意して、(12)式の両辺と、 との内積を考えてみると
全く同様に、(12)式の両辺と、 との内積を考えてみると
となることが分かる。
以上から, (イ), (ロ) という二つの条件が満たされることが分かるから, 線型空間
というように「
の方向」と「
に直交する方向」
に直和分解されることが分かる。このように、
は、線型空間
の中で、「
の方向」だけではカバーできない方向を「
に直交する方向」として「補っている」ので、
の「直交補空間」と呼ばれる。
「直交補空間のメリット」
一般に、線型空間
上での線形写像
が与えられているときに
「
の勝手な元
に線形写像
を施しても、その行き先
内に収まる」、すなわち、「線型写像
を施すという操作で
は不変に保たれる」という条件を満たす
の線型部分空間
を線形写像
の
不変部分空間と呼ぶ。
そこで、いま、線型空間
が
というように、直和分解しているとき、
が対称変換
の不変部分空間である場合、
がどうなるか、すなわち、直交補空間
も不変部分空間になるかどうか、を考えてみよう。
いま、
が、対称変換であるということに注目して
という対称変換の定義式における
として、
となる元をとってくると、
は対称変換
の不変部分空間である、と仮定しているから、
となることに注意すると、(13)式の左辺は
よって、(13),(14)式より、勝手な元
に対して、
となることが分かる. 以上から,
が対称変換
の不変部分空間である場合、
の直交補空間
も対称変換
の不変部分空間になることが分かる。このことは、何を意味しているだろうか。
いま、線型空間
上での線形写像
が与えられているときに、対称変換
の不変部分空間
を用いて、
というように直和分解して考えることにより
「サイズの大きな対称変換の様子を理解する問題」を「サイズがより小さな対称変換の様子を理解する問題」へ、 すなわち、対称変換
の定義域や値域を
に制限することによって得られる対称変換
の様子を理解する問題」に帰着して考えることができるということ、になる。
<「牛腸作 数学Ⅱ演習」・独習ノートより>
(1)行列の基本変形とはなにか
(2)行列を「simpleな形」に変形する
(3)基本変形により逆行列を求める
(4)線形空間の考えとは
(5)線形写像とは
(6)異なる基底はいくつあるか
(7)表現行列変換の基本
(8)行列の対角化の問題
(9)行列の対角化の問題(2)
行列式(1)行列式とはなにか
行列式(2)行列式の実務計算
行列式(3)行列式の余因子
展開(1) 線型漸化式と行列
展開(2) 線型常微分方程式
発展 (1)対称行列
発展 (2)直交行列
発展 線型空間の「直和」
発展 「直交補空間」
補論 Cramer の公式と「掃き出し法」
補論 Cayley-Hamilton の定理
補論 行列値関数の微分