線形代数(3)

≪基本変形により逆行列を求める≫

一般に、基本変形を用いることで与えられた行列の逆行列を求めることができるが、同じ基本変形といっても「rankを求めるとき」と「逆行列を求めるとき」とでは、重要な違いがある。
rankを求める場合には、行と列の両方に関する基本変形を施すことが許されるのに対して、逆行列を求める場合には、 行と列の両方に関する基本変形が許されるわけでなく、「行なら行」、「列なら列」、というように、どちらか一方に関する基本変形を施すことに決めなければならない、ということである。
ここで注意してほしいことは、この場合、例えば行列 A の逆行列を求める問題が
I=AB  ……(1)
となるような行列 B を求める問題、として考察されていることである。
このとき、仮に「行列 A が行に関する基本変形を何度か施すことによって、単位行列に変形できた」と仮定する。すると「行に関する基本変形」とは、対応する「基本行列を左から掛け算する」ことであると解釈できるから、この仮定は適当な基本行列E1,E2,,Es が見つかって
EsEs-1E2E1A=I  ……(2)
となることであると、解釈することができる。
そこで、(2)式に注意して(1)式の両辺に左から EsEs-1E2E1 という行列を掛け算してみると
EsEs-1E2E1I =EsEs-1E2E1AB
=(EsEs-1E2E1A)B=IB=B  ……(3)
こうして得られた(3)式を「求めたい行列 B(=A-1) が、単位行列 I に対して A に施したのと全く同じ行変形を施すことで得られる」と解釈してみるということが、「基本変形を用いて逆行列を求める」ための基本的な考え方である。
すなわち、基本変形を用いて逆行列を求める原理とは、AB=I という式の両辺に左から適当な基本行列を掛けていって、最終的に、「A を単位行列に変形して消してやろう」ということである、といえる。
このとき(1)式に現れている行列 A に対して「右」から基本行列を掛けようとしても B が邪魔をするから、(1)式から出発した場合には、A に対して列に関する基本変形を施すことはできない、ということになる。
全く同様に、I=BA から出発すると、A の「右側」からだけ基本行列を掛けることだけが許されることになるから、列に関する基本変形だけしか許されない、ことになる。
ここまで読み進めた読者は、この説明では何か釈然としない気持ちになっているかも知れない。というのも仮定の話で、行列 A が「行」だけ、あるいは「列」だけの基本変形で単位行列になる、ということの証明がないのではないか?また、絶対に「行」だけ、あるいは「列」だけの基本変形しか許されないのか?といった疑問を抱くかもしれない。
そこで、これらの疑問を基本変形の「そもそも論」から考察してみよう。
さて、ある与えられた m行 n列の行列 A に対して A の行や列に何度か基本変形を施すことによって
A          Ir O O O
というような「simpleな見やすい形」に変形できる。 この事実は,勝手にひとつ与えられた行列 A に対して,適当な基本行列 E1,E2,,EsF1,F2,,Ft が見つかって
EsE2E1AF1F2Ft = Ir O O O  ……(4)
という形に変形できるということを意味している。
このとき,「simpleな形」の対角線上に残った 1 の数 r のことを, 行列 A の rank と呼び、r = rank A と表わす。

基本変形とは

「simpleな形」をつくる

ところで、行列 A に逆行列が存在し得るのは A が正方行列のときだけであるから 行列 A は n 行 n 列の正方行列であるとすると、このとき,「simpleな形」の対角線上に残る 1 の数は行列のサイズを上回ることはできないから
rankAn
である。 そこで、行列 A の rank が n であると仮定してみます。すると、このことは、行や列に関する基本変形を施すことにより、行列 A を単位行列 I に変形するこ とができるということを意味している。 すなわち
EsE2E1AF1F2Ft = I  ……(5)
となるような基本行列 E1,E2,,EsF1,F2,,Ft が存在する。
そこで
P=EsE2E1 Q=F1F2Ft  ……(6)
と表すことにすると、(5)式は
PAQ=I  ……(7)
と表せる。
ここで、P,Q は基本行列の積であるから正則行列で、それぞれ
P-1= ( EsE2 E1)-1 = E1-1E2-1 Es-1
Q-1= ( F1F2Ft)-1 = Ft-1 F2-1F1-1
の逆行列をもつことに注意。
いま、Q は正則行列であることに注意して、(7)式の両辺に左からQ を掛け算し、右からQ-1 を掛け算してみると
Q(PAQ)Q-1 = QIQ-1
左辺= QPA(QQ-1) =QPAI =QPA
右辺= QIQ-1 =QQ-1 =I
したがって
(QP)A=I  ……(8)
全く同様にして、P は正則行列であることに注意して、(7)式の両辺に左からP-1 を掛け算し、右からP を掛け算してみると
A(QP)=I  ……(9)
(8)式より、勝手な正則行列 A は、行に関する基本変形だけを施すことにより、単位行列 I に変形できること、(9)式より、勝手な正則行列 A は、列に関する基本変形だけを施すことによっても、単位行列 I に変形できることが分かる。
また、(8),(9)式、および逆行列の定義より QP は A の逆行列である。
A-1=QP  ……(10)
すなわち、(6)の Q,P を用いると
A-1=F1F2FtEsE2E1  ……(11)
という式で与えられる。 したがって、行列 A の rank を求めるためにどのような基本変形を行ったのか ということを丹念に追っていくことにすれば(11)式から、行列A の逆行列を求めることができる ということが分かる。

余談ではあるが、このことは A を単位行列にする、「行を変形する」P と「列を変形する」Q が見つかると A の逆行列は A を見ないでも、「行を変形する」P を「列を変形する」Q を用いて、さらに「行変形」すると求まる。あるいは「列を変形する」Q を「行を変形する」P を用いて、さらに「列変形」すると求まる ということを言っている。興味をそそる問題ではあるが脇道にそれるので、それは扨置いて先に進もう。
但し 変形の過程で、どのような変形を行ったのか、ということを覚えておくというのは面倒なことだし、また書き抜きした基本行列の積を計算するのも大変なことである。そこで、もう少し効率よく逆行列 A-1 を求めることができないか?を考えてみる。
そこで、(6)式の P,Q にそれぞれ単位行列I を付け加えて
P=EsE2E1I  ……(12)
Q=IF1F2Ft  ……(13)
として、(12) 式を「正則行列P は、単位行列I に対して、行列A に施したのと全く同じ「行変形」を施すことにより得られる」と解釈し、 (13) 式を「正則行列Q は、単位行列I に対して、行列A に施したのと全く同じ「列変形」を施すことにより得られる」と解釈してみる。
そこで、これらの変形を一度に実現するために行列A と同じサイズの単位行列IA の縦と横に並べて、
A~= A I I O
というサイズが2倍の正方行列を考えてみる。
すると「AI に対して全く同じ行変形を行う」ということが「A~ という『ひとつの行列』に対して行変形を行う」ということにより実現できる。
なぜなら、EA と同じサイズの基本行列として
E~= E O O I
とするときに
E~A~= E O O I A I I O = EA EI I O  ……(14)
ということになるが、(14)式は A~ という「ひとつの行列」に対して E~ に対応した行変形を施すことにより AI という「ふたつの行列」に対して、「E に対応した全く同じ行変形をそれぞれの行列に施す」ということが実現できる、ということを表している。
全く同様にして、「AI に対して全く同じ列変形を行う」ということが「A~ という『ひとつの行列』に対して列変形を行う」ということにより実現できる。
すなわち、F
F~= F O O I
とするときに
A~F~= A I I O F O O I = AF I IF O  ……(15)
ということになるが、(15)式は A~ という「ひとつの行列」に対して F~ に対応した列変形を施すことにより AI という「ふたつの行列」に対して、「F に対応した全く同じ列変形をそれぞれの行列に施す」ということが実現できる、ということを表している。
そこで、行列A~ に対して行や列の基本変形を何度か施すことによって、行列A に対応する部分が単位行列になるように変形できた、とすると、このことは、A と同じサイズの基本行列 E1,E2,,EsF1,F2,,Ft をもちいて、
Es~E2~E1~A~F1~F2~Ft~
= EsE2E1AF1F2Ft EsE2E1I IF1F2Ft O
= I EsE2E1I IF1F2Ft O  ……(16)
という計算を行った、ということになるが、(16)式を(12),(13)式と見比べてみると、(16)式の右辺は
I EsE2E1I IF1F2Ft O = I P Q O
という行列に変形されている、ということが分かる。
したがって、行列A の代わりに、行列A~ を用いて、行列A に対してどのような行変形を行ったのかという「記録係」と、どのような列変形を行ったのかということを覚えている「記録係」として、二人の単位行列を行列A の横と下に書いておくことにすると
A I I O  行や列に関する基本変形  I P Q O
行列A の部分を単位行列に為終わったときに、これらの「記録係」が正則行列P,Q を教えてくれる、ことになる。
こうしてP,Q が求まれば、A-1=QP というように QP の積を計算することで A の逆行列が求まる、ということになる。
例えば
A= 1 2 3 4 とすると
A~= 1 2 3 4 1 0 0 1 1 0 0 1 0 0 0 0 となるが
A~ に 2行目+1行目×(-3)
つまり E1= 1 0 -3 1 を施すと
1 2 0 -2 1 0 -3 1 1 0 0 1 0 0 0 0
さらに 2列目+1列目×(-2)
つまり F1= 1 -2 0 1 を施すと
1 0 0 -2 1 0 -3 1 1 -2 0 1 0 0 0 0
さらに 2行目×(-12)
つまり E2= 1 0 0 -12 を施すと
1 0 0 1 1 0 32 -12 1 -2 0 1 0 0 0 0
したがって、
P=E2E1
= 1 0 0 -12 1 0 -3 1
= 1 0 32 -12
Q=F1 = 1 -2 0 1
A-1=QP より
1 -2 0 1 1 0 32 -12
= -2 1 32 -12 = -12 4 -2 -3 1
を得る。
但し、正方行列A のサイズが大きくなるとA~ のサイズも大きくなってしまい、実際にA~ に対する基本変形を書き下そうとしたときにたくさんの数を書かなければならなくなり、少し大変なことになってしまう。そこで、少しでも手間が省いて、行列A を単位行列に変形することを考えてみると、A は(8)式でみたように、行変形だけでも単位行列に変形することができるわけだから、行変形だけを用いて変形することを考えてみる。
すると、この場合
Ei~E2~E1~A~
= EiE2E1A EiE2E1I I O = I P I O
という計算を行ったことになるが、このような変形の下では、行列A~ の下半分の部分は「姿」が変わらないから、実際の計算では「姿」の変わる上半分のみを書き留めて
A I  行に関する基本変形  I P
という計算をすれば十分である、ということになる。
また、この場合には
Q=I となることが分かるので
A-1=QP=IP=P
となり、わざわざ行列の掛け算を実行しなくても
A-1=P  となることが分かる。

全く同様に、列変形だけを用いて行列A 単位行列に変形することを考えてみると、今度は
A~F1~F2~Fj~
= AF1F2Fj I IF1F2Fj O = I I Q O
という計算を行ったことになるが、このような変形の下では、行列A~ の右半分の部分は「姿」が変わらないから、実際の計算では「姿」の変わる左半分のみを書き留めて
A I  列に関する基本変形  I Q
という計算をすれば十分である、ということになる。
この場合には
P=I となることが分かるので
A-1=QP=QI=Q
となり、わざわざ行列の掛け算を実行しなくても
A-1=Q  となることが分かる。
すなわち 「基本変形を用いた逆行列の計算方法」とは、与えられた正則行列A を単位行列I に変形するに当たり 「行なら行」、「列なら列」というように、どちらか一方に関する基本変形だけを施すことに決めることにより、行列A~ のうち変形を受けない下半分、あるいは右半分の部分を書くことをサボって、実際に変形を受ける上半分、あるいは左半分のみを書き下して計算を進める方法である、とも解釈できる。
また、このような仕方で変形することに決めれば Q=I あるいは P=I となることが分かるから、最後の QP という計算もサボることができて A-1=P あるいは A-1=Q として A の逆行列を求めることができる、ということになる。