線形代数・補論(2)

≪Cayley-Hamilton の定理≫

一般に、m 行 m 列の行列 A に対して、

φAt= dettI-A  ……(1)

という式によって定まる m 次の多項式 φAt特性多項式 と呼ぶ。
そこで、いま、(1)式を展開した多項式を c0,c1,⋯,cm-1R として

φAt= tm+ cm-1 tm-1 +⋯+ c1t+ c0  ……(2)

と書き表わすことにする。 このとき, 特性多項式 φAt  の変数 t のところに、もともとの行列 A を代入して、

φAA= Am+ cm-1 Am-1 +⋯+ c1A+ c0I  ……(3)

とすると、φAA という行列は常に零行列になる、

φAA= O  ……(4)

というのが Cayley-Hamilton の定理である。

ここで、(4)式は、(1)式の右辺に現われる変数 t のところへ行列 A をそのまま代入することで得られる detAI-A= detA-A = detO = 0 (5)  という式とは意味が異なるということに注意。   すなわち、(5)式は、単に、  AI-A=O
という零行列の行列式が 0 という「数」になるということを主張しているに過ぎないのに対して、(4)式は、(1)式の右辺の行列式を、(2)式のように「多項式の姿」で表わした上で, 変数 t のところに行列 A を代入することによって得られる φAA という「行列」が「零行列」になるということを主張しているわけで、Cayley-Hamilton の定理の主張は、見かけほど当たり前の事実ではないことが分かる。


さて、例えば、

A= 3 -2 1 0  ……(6)

とすると、

φAt= t-3 2 -1 t = t-3t+2 = t2-3t+2 = t-1 t-2 (7)

そこで、(7)式で与えられる多項式 φAt の変数 t のところへ、(6)式で与えられる行列 A を代入してみると、

φAA= A-I A-2I = 2 -2 1 -1 1 -2 1 -2 = 0 0 0 0 となることが分かる。

一般に、abcdR として、

A= a b c d

とすると、特性多項式 φAt

φAt= t-a b c t-d = t-a t-d -bc

そこで、変数 t のところへ行列 A を代入すると

φAA= A-aI A-dI -bcI = 0 b c d-a a-d b c 0 -bc 1 0 0 1 = bc 0 0 bc - bc 0 0 bc = 0 0 0 0

このような等式が、一般の m 行 m 列の行列 A に対して成り立つということを、Cayley-Hamilton の定理は主張している。

それでは、Cayley-Hamilton の定理からどのようにして、行列 A の n 乗が求まるか?
(6)式を例に考えてみよう。
 この場合、行列 A の特性多項式 φAt

φAt= t-1 t-2 となることが分かるから、Cayley-Hamilton の定理より A-1I A-2I =O (8) したがって、 AA-2I= A-2I (9) となることが分かる。

そこで(9)式の両辺に左から A を掛け算すると
A2A-2I =AA-2I = A-2I さらに両辺に左から A を掛け算すると A3A-2I =AA-2I = A-2I 以下同様に繰り返すと、Cayley-Hamilton の定理の帰結として AnA-2I =A-2I (10)
となることが分かる。
全く同様に、(8)式より、

AA-I= 2A-I (11) そこで(11)式の両辺に左から A を掛け算すると A2A-I =A·2A-I = 2AA-I = 22A-I さらに両辺に左から A を掛け算すると A3A-I =A·22A-I = 22AA-I = 23A-I 以下同様に繰り返すと、Cayley-Hamilton の定理の帰結として AnA-I =2nA-I (12)
となることが分かる。
上の考察で、例えば (9)式から A-2I という行列にとっては、行列 A は「1」のように見えるし、 (24)式から A-I という行列にとっては、行列 A は「2」のように見えると解釈することもできる。

 そこで、(10),(12)式の左辺をそれぞれ展開すると、

An+1- 2An= A-2I (13) An+1- An= 2nA-I (14)

となることが分かるから、(14)式から(13)式を引くことで、

An= 2nA-I -A-2I = 2n 2 -2 1 -1 - 1 -2 1 -2 = 2n+1-1 2-2n+1 2n-1 2-2n (15)

より一般に、行列 A の特性多項式 φAt が、

φAt= t-λ t-μ, λμ

というように、異なる二つの複素数 λ,μ C を用いて因数分解される場合には、CayleyHamilton の定理から

A-λI A-μI =O (16)

となることが分かるから、そこで (16)式を、

AA-μI =λA-μI AA-λI =μA-λI

というように二通りに書き直して、同様の議論を行なうことで、

An= λnA-μI- μnA-λI λ-μ (17)

となることが分かるから、後は、(17)式の右辺に、A や λ,μ などの具体的な数値を代入することで、An が求まることになる。

 ところで、これまで異なる二つの複素数を用いて因数分解される場合を考えてきたが、それでは、ただひとつの複素数を用いて因数分解される場合はどうなるだろうか?
 例えば、行列 A の特性多項式 φAt が、

φAt = t-λ2

というように、ただひとつの複素数 λR を用いて因数分解される場合には、CayleyHamilton の定理から

A-λI2=O

となる。A-λI は、2乗すると零行列になるベキ零行列であることに注意する。そこで、「スカラー行列」と「ベキ零行列」の和の形に変形して

A= λI+ A-λI  とすると An= λI+ A-λIn = λnI+ nλn-1 A-λI+ nn-12 λn-2 A-λI2+⋯+ A-λIn = λnI+ nλn-1 A-λI (18)

となることが分かるから、後は、(18)式の右辺に、A や λ などの具体的な数値を代入することで、An が求まることになる。