線形代数(9)

≪行列の対角化の問題≫

前回、「行列の対角化の問題」への取り組みとしては
(i) 特性多項式 φ A ( t ) = det ( t I - A ) を計算して φ A ( λ ) = 0  の解  λ C を すべて求める。( ⇒ 行列 A の固有値が求まる)
(ii)それぞれの固有値 λ C に対して ( A - λ I ) = O という連立一次方程式を解いて  V ( λ ) = { u C n | A u = λ u } を求める。( ⇒ 行列 A の固有ベクトルが求まる)
(iii)  V ( λ ) たちの中から適当にベクトル  P i ( i = 1 . 2 . 3 . n ) を取り出して正則行列 P をつくる。
というような方法で「対角化」を実現することができる、ということを見た。

 ここで注意すべきは、すべての正方行列が「対角化」できるとは限らない、ということである。

n行 n列の正方行列 A が与えられているとすると、行列 A は、重複度を含めて n 個の固有値を持つ。いま、P の列ベクトルを p 1 p 2 p n と置き、これらすべてが A の固有ベクトルであるとする。
P = p 1 p 2 p n A p i = λ i p i i = 1 2 n
 もし  λ i  がすべて異なれば、異なる固有値に属する固有ベクトルは一次独立であるから、P は正則で P -1 A P = P -1 A p 1 p 2 p n = P -1 A p 1 A p 2 A p n = P -1 λ 1 p 1 λ 2 p 2 λ n p n = P -1 p 1 p 2 p n λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ n = P -1 P λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ n = λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ n
となり、A はこの P により対角化可能である。

しかし、固有値方程式が重複解を持つ場合、すべての固有値が、自身の重複度と同じ数の一次独立な固有ベクトルを持てば、 全体で n 個の一次独立な固有ベクトルが得られるから、A は対角化可能である。逆に、ある固有値に属する固有ベクトルの自由度が 固有値の重複度よりも小さくなるとき、行列は対角化できない。

さらに、対角化できない例としては、ベキ零行列がある。
通常の数(例えば実数)を考えると、 x 0 とすると、何乗しても  x k がゼロになることはない。しかし、行列においてはゼロでない行列も何乗かするとゼロになる、ことがある。そのような行列を「ベキ零行列」という。

代表的な例としては、対角成分がすべてゼロの三角行列がある。
N = 0 1 0 0 1 0 0 0 N 2 = 0 1 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 = 0 0 1 0 0 0 0 0 0 N 3 = 0 1 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 = 0 0 0 0 0 0 0 0 0
しかし、対角成分がすべてゼロとは限らない「ベキ零行列」があることに注意する。
例えば、
N 2 = 2 1 -4 -2 N 2 2 = 2 1 -4 -2 2 1 -4 -2 = 0 0 0 0  さらには、 N 3 = -1 1 1 -3 2 1 1 -1 -1 N 3 2 = -1 1 1 -3 2 1 1 -1 -1 -1 1 1 -3 2 1 1 -1 -1 = -1 0 -1 -2 0 -2 1 0 1 N 3 3 = -1 1 1 -3 2 1 1 -1 -1 -1 0 -1 -2 0 -2 1 0 1 = 0 0 0 0 0 0 0 0 0

 これらの「ベキ零行列」は、対角化することができない、ということが、次のようにして分かる。
いま、逆に、行列 N に対する「対角化の問題」が解決して、 P -1 N P = Λ となるような対角行列 Λ と正則行列 P が見つかった、と仮定してみる。

すると
Λ 3 = P -1 N P 3 = P -1 N 3 P = P -1 O P N 3 = O  より = O  そこで、 Λ = λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ 3  と表わすとすると、 Λ 3 = λ 1 3 0 0 0 λ 2 3 0 0 0 λ 3 3 = O  したがって、 λ 1 3 = λ 2 3 = λ 3 3 = 0 λ 1 = λ 2 = λ 3 = 0  すると、 Λ = O  より、 P -1 N P = Λ = O N = P O P -1 = O  したがって、 N = O  となることが分かる。ところが、これは N = 0 1 0 0 1 0 0 0 O であることと矛盾する。全く同様に考えると、 N O となるベキ零行列 N に対しては、「対角化の問題」を解決するような正則行列 P は存在しないことが分かる。これらのことは, 前回立てた「行列の対角化の問題」を解決するための戦略が、一般には、上手くいくとは限らないということを意味している。