線形代数(6)

≪異なる基底はいくつあるか≫

抽象的に定義された「線形空間」は「基底」を用いることでその空間を「座標付け」することができる。その場合、万人に共通の統一された規格があるのでなく、どの座標軸をどの方向に選ぶのかということは, それぞれの人によって異なり得る。すなわち、異なったいろいろの「基底」がある、ということである。 それでは、線形空間V に対して V の異なる基底はどれだけ存在するのだろうか?
VR上の線形空間であるとしdimR=2 の場合で考察する。)

いま、V の基底{ e1e2 }をひとつ取ってきて 
Vu= a1e1+ a2e2    a1 a2 R2  ……(A)
というように Vに「番地割り」をして考えてみる。その場合、どのような「番地割りの基準」のもとで、どのような「番地」をもつ元を考えているのか、という2つの情報を同時に表すために
(番地割りの基準) (値)
のように記述し、(A)式を次のように表すことにする。
u= a1e1+ a2e2 =(e1e2) a1 a2


いま、f1,f2V を勝手に2つ取ってきて
f1= ae1+ ce2 =(e1e2) a c  ……(1)
f2= be1+ de2 =(e1e2) b d  ……(2)
と表わすとすると、(1)(2)式は
(f1f2)= (e1e2) a b c d  ……(3)
と表わせることに注意して P= a b c d  として(3)式を
(f1f2)= (e1e2)P  ……(4)
というように表すことにする。

そこで { f1f2 } が V の基底となるための条件を考えてみる。そのために { f1f2 } も V の基底となった、と仮定してみよう。 するとこのとき、基底 { f1f2 } を用いて V に「番地割り」することができるから e1,e2V を { f1f2 } で表わすことができる。
すなわち、α,β,γ,δR として e1,e2V
e1= αf1+ γf2 =(f1f2) α γ  ……(5)
e2= βf1+ δf2 =(f1f2) β δ  ……(6)
というように表わすことができる。そこで Q= α β γ δ  として
(e1e2)= (f1f2)Q  ……(7)
と表せることが分かる。

少しややこしくなりましたが、要するに、P は{ e1e2 }という基底を用いた「番地割り」のもとで f1,f2V に割り振られる「番地」であり、Q は{ f1f2 }という基底を用いた「番地割り」のもとで e1,e2V に割り振られる「番地」を並べてできる行列である。

そこでいま、(7)式に(4)式を代入してみる。すると
(e1e2)= (f1f2)Q =(e1e2)PQ  ……(8)
そこで PQ= a b c d  とすると
e1= (e1e2) a c e2= (e1e2) b d  ……(9)
ここで(9)式は、{ e1e2 }という基底を用いた「番地割り」のもとで e1,e2V に
Ve1 a c R2 Ve2 b d R2
というように「番地」が割り振られることを意味しているが、{ e1e2 }という基底のもとで e1,e2V に割り振られる「番地」は
Ve1 1 0 R2 Ve2 0 1 R2
しか存在しないから
a c = 1 0 , b d = 0 1
よって
PQ= a b c d = 1 0 0 1 =I  ……(10)

全く同様に、(4)式に(7)式を代入すると
(f1f2)= (e1e2)P=(f1f2)QP  ……(11)
となるが、上と同様に考えると(11)式より
QP=I  ……(12)
となることが分かる。
したがって、(10)(12)式より
PQ=QP=I
となることが分かるから、行列P は正則行列でなければならないことが分かる。
以上から {f1f2 }が Vの基底となるためには(4)式の右辺に現われる行列Pは正則行列でなければならないことが分かった。

そこで行列P が正則行列である、と仮定したとき {f1f2 }が V の基底となることができるか、を考えてみよう。
まず {f1f2 } が Vの基底となるための条件は
(イ)勝手な元uVに対して
u=b1f1 +b2f2
となるような実数b1,b2Rが存在する。
(ロ)  b1,b2Rとして
0=b1f1 +b2f2 b1=b2=0   となる
という2つの条件を満たすことである。

線形空間に「座標付け」する

(イ)について
いま {e1e2 } は V の基底であるから
u= (e1e2) a1 a2  ……(13)
となるような実数a1,a2Rが存在する。
一方、Pが正則行列であることに注意して(4)式の両辺に右からP-1を掛け算してみると
(f1f2)P-1= (e1e2)PP-1=(e1e2) 1 0 0 1 =(e1e2)
すなわち
(e1e2)= (f1f2)P-1  ……(14)
よって (13)式に(14)式を代入することで
u= (e1e2) a1 a2 = (f1f2)P-1 a1 a2
したがって、
b1 b2 = P-1 a1 a2
として(イ)の条件を満たすことが分かる。

(ロ)について
いま、b1,b2R として
0= (f1f2) b1 b2  ……(15)
である、と仮定してみる。
このとき(4)式を(15)式に代入してみると
0= (f1f2) b1 b2 = (e1e2) P b1 b2  ……(16)
ここで(16)式は {e1e2 } という基底を用いた「番地割り」のもとで
V0P b1 b2 R2
というように「番地」が割り振られることを意味しているが {e1e2 } という基底のもとで 0V に割り振られる「番地」は
V0 0 0 R2
しか存在しないから
P b1 b2 = 0 0  ……(17)
よって(17)式の両辺に左から P-1 を掛け算することで
b1 b2 = P-1 0 0 = 0 0
となるから、(ロ)という条件も満たされることが分かる。
以上より、f1f2V の基底となることが分かる。

一般に dimR=n として、V の基底 { e1,e2,,en}を勝手にひとつ取ってきて、 f1,f2,,fnV
(f1f2fn) = (e1e2en)P  ……(18)
というように表わすとき{ f1,f2,,fnV }が V の基底となる条件は P が正則行列(detP0 )となることである。
いま V の基底全体の集合を
BV={{f1,f2,,fn}{f1,f2,,fn}はⅤの基底}
実数を成分に持つ n行n列の正則行列全体の集合を
GL(n,R) = {P= (pij) i=1,2,...,nj=1,2,...,npijR,detP0}
また {e1,e2,,en}BV という V の基底を、「基点」として勝手にひとつ選んだうえで n行n列の正則行列 PGL(n,R) に対して(18)式によって V の元 f1,f2,,fnV を定めることにする。
すると、n次元の線形空間 V の基底と n行n列の正則行列の間の
BV {f1,f2,,fn} P GL(n,R)
という対応により、線形空間線形空間 V の基底全体の集合は、正則行列全体の集合と同一視できることが分かる。

このとき注意しなければならないことは、この同一視を考えるためには最初にひとつ {e1,e2,,en}BV という V の基底を、選ばなければならないが、この最初の「基点」を取り換えると同一視の仕方も変わってしまうことになる。したがって、GL(n,R) のそれぞれの元に対して、BV のどのような元を対応させて同一視を行っているのか、ということを常に意識する必要がある。
ところで、これまで線形空間 V の基底の元の個数は変わらない、ということを暗黙の裡に承認して考察してきた。果たして、線形空間 V の基底の元の個数は、基底の取り方によって変わらないのだろうか。

いま m,nN として {e1,e2,,em},{f1,f2,,fn}V の基底である、と仮定する。すると{e1,e2,,em}V の基底であるから適当な m行n列 の行列Pを用いて
(f1f2fn) = (e1e2em)P  ……(19)
全く同様にして{f1,f2,,fn}V の基底であるから適当な n行m列 の行列Qを用いて
(e1e2em) = (f1f2fn)Q  ……(20)
と書き表すことができる。
ここで(20)式に(19)式を代入すると
(e1e2em) = (e1e2em)PQ   より
PQ=Im   (Im: m行m列の単位行列)  ……(21)
また全く同様に、(19)式に(20)式を代入すると
(f1f2fn) = (f1f2fn)QP   より
QP=In   (In: n行n列の単位行列)  ……(22)
そこで、トレースのもつ重要な性質 tr(AB)=tr(BA) を援用すると
tr(PQ)=Im=m
=tr(QP)=In=n
すなわち(21)、(22)式を同時に満たすような行列 P,Q が存在するためには  m=n でなければならないから、結局 {e1,e2,,em},{f1,f2,,fn} がどちらも線形空間V の基底であると仮定すると、 m=n でなければならないことが分かる。
以上の考察より「線形空間V の基底の元の個数は基底の取り方には依らない」ことが分かる。