線形代数(4)

≪線形空間の考えとは≫

「線型空間」に入った途端に抽象的な議論が続いてしまい、「何がやりたいのかサッパリ分からない」というような印象を与えてしまうことも少なくない。
そこで、「線形空間」や「線形写像」とか言った概念を導入することで何をしようとするのか、について考えてみよう。
例えば, 物理学において物体の運動を記述しようとする場合には、座標軸を定めて運動方程式を書き下し、実際にその運動方程式を解くことによって物体がどのように運動するのか、ということを求めるというようなことが行なわれる。その場合、x 軸や y 軸などの座標軸をどの方向に選ぶのかということは, それぞれの人によって異なり得る。 しかし、原理的には、どのような座標軸を選んで計算を進めたとしても、計算間違いをしなければ、同じ結果に辿り着く。このことは、特定の座標軸に頼らずに問題の本質を理解することができるということを示唆している。
そこで、線形代数学においても、特定の座標軸に頼らずに「行列の本質」を理解しようということが考えられた。こうして導入された概念が「線形空間」という概念である。 すなわち、「線形空間」とは、R2C2 のような「数ベクトル空間」がもつ性質のうち座標軸が無くとも理解できるような性質を抽象化して定義を与えた概念である。
例えば、「数ベクトル空間」 R2から座標軸を取り除いてみると何が残るか、を考えてみると、何やら「原点のある真っ直ぐな平面」が残るように思われる。そこで「数ベクトル空間」が持つ性質のうち座標軸が無くとも理解できるような性質とは「原点のある真っ直ぐな平面である」ということではないか、と考えられた。ただし、「真っ直ぐである」というのは、極めて感覚的な表現であり、数学的に意味のある議論ができるためには、誰にとっても誤解の生じる可能性のない形で定義を与える必要がある。その目的のために注目したのが「数ベクトル空間」において、ベクトル同士の「足し算」や「スカラー倍」は座標軸が無くとも考えることができる、という点である。
そこで(イ)足し算ができる (ロ)スカラー倍ができる
という二つの性質が「真っ直ぐ」であり、かつ「原点がある」ということの特徴だ、と考えてしまおう、というのが基本的なアイデアである。
しかし、実際に具体的な計算を進めるにあたっては「座標」を定めて作業を進めるほうが便利なことも多いわけで、そこで、R2C2 のような「数ベクトル空間」の場合をヒントにして、抽象的に定義される一般の「線形空間」に対しても、「原点のある真っ直ぐな空間」であるという特徴を生かして「座標付け」するということが考えられた。

≪線形空間に「座標付け」する≫

いま線形空間V が勝手にひとつ与えられているとして、V の様子を調べることを考えてみる。
そこで、集合V を空間のように思って、V の元のことを「Vの点」と考えることにする。このとき V に座標を決めるということは、V の各点に 174 などの「数の組」を割り振って、V の点を割り振られた数の組で表そう、ということを意味する。
そこで「原点のある真っ直ぐな空間」である、という特徴を生かしてV のような線形空間に対して「番地割り」をすることを考えると、いま線形空間V は「真っ直ぐ」であり、かつ「原点がある」ので、原点を出発点としてそれぞれの方向にどれだけ進めばよいのかを指定すれば、V の勝手な点の位置が指定できることになる。そのとき一般に、「座標付けをする」というときには V の各点には「唯一つだけの数の組が対応する」ようにする。
V が実数上の線形空間である場合を例にとると、まず線形空間V に対していくつかの基準となる方向を決めるということは、V の元をいくつか持ってくることである、と理解することができる。
いま仮に、V の元を3つ取ってきたとして、これを
e1, e2, e3 V
と表すことにする。 このとき V の勝手な点に「番地」が割り振られる、ということは
uV という元を勝手にひとつ取ってきたときに、
u= a1e1+ a2e2+ a3e3
と表わせるような
a1,a2,a3,R
が見つかる、ということであると解釈できる。
すなわち、この場合
Vu= a1e1+ a2e2+ a3e3    a1 a2 a3 R3
というように「番地」が割り振られることになる。このような「番地割り」を試みたときに、どのようなV の元を取ってきても「番地」を割り振ることができて、しかも、二重に「番地」が割り振られるなどの混乱が生じないときに {e1,e2,e3} は V の基底であるという。

ところで、「二重に番地が割り振られることがない」ということは、どういうことだろうか?
いま uV という元に
a1 a2 a3 , b1 b2 b3 R3
という2つの「番地」が割り振られた、と仮定する。これは
u= a1e1+ a2e2+ a3e3  ……(1)
u= b1e1+ b2e2+ b3e3  ……(2)
というように、u が  e1,e2,e3 の一次結合として2通りに表せる、ということを意味している。
ここで(1)から(2)を引き算してみると
0= (a1-b1)e1+ (a2-b2)e2+ (a3-b3)e3
となるが、これは原点 0V
V0 a1-b1 a2-b2 a3-b3 R3  ……(3)
という「番地」が割り振られたことを意味している。
いま自明のこととして
0= 0·e1+ 0·e2+ 0·e3
となるが、これは原点 0 には常に少なくとも1つ
V0 0 0 0 R3  ……(4)
という「番地」が割り振られることが分かる。
したがって、もし最初に uV という点に
Vu a1 a2 a3 , b1 b2 b3 R3
というように、2つの異なる「番地」が割り振られたとすると、原点 0V に対しても
V0 0 0 0 , a1-b1 a2-b2 a3-b3 R3
というように,2つの異なる「番地」が割り振られる、ことになる。

逆に、原点に割り振られる「番地」が、(4)式だけである、と仮定すると、(3)式より
a1-b1 a2-b2 a3-b3 = 0 0 0
となるから
a1 a2 a3 = b1 b2 b3
となることが分かる。したがって、原点以外の点に対しても割り振られる「番地」は一つしかない、ということができる。
すなわち、「二重の番地割り」のような混乱を生じないことを確かめるためには、原点 0V に対して割り振られる「番地」が(4)式だけであることを確かめれば十分である、ことが分かる。
一般に e1,e2,e3,,emV というように、V の元をいくつか取ってくるときに {ei}i=1,2,3,mV の基底である、とは上のような「番地割り」によって
(イ) V のすべての元に対して「番地」が割り振られる
(ロ)「番地割り」に「二重番地」のような混乱が生じない
という2つの条件が満たされることである。
そこで <基底の定義> として
(イ) 勝手な元 uV にたいして
u=a1e1+ a2e2++ amem  ……(5)
となるような数 a1,a2,a3amR が存在する。
(ロ) a1,a2,a3amR として
0= a1e1+ a2e2++ amem
a1=a2= a3==am =0 となる
ということが定義される。
とくに(ロ)という条件を満たすときに、{ei}i=1,2,3,m は、線形独立であるとか、一次独立であるとか、いう。
この条件は、すべての点に「番地」が割り振られるかどうかはわからないけれども、少なくとも「番地」を割り振られた場所では混乱を生じない、ということを表している。上でみたように、「真っ直ぐな空間」の特殊性から、原点 0V を表すのに混乱がなければ、他の場所でも混乱がない、ということが言えるわけで、実際に与えられた「線形空間」に対して「番地割り」を行うにあたっては、すべての点で「番地割り」に混乱がない、ということをチェックするより、原点で「番地割り」に混乱がない、ということをチェックするほうが簡単なので「番地割りに混乱がない」ことを保証する条件として、(ロ)のように線形独立の条件が採用されている。
ところで、このような V の基底 {ei}i=1,2,3,m を勝手にひとつ定めると、それぞれの元 uV を(5)式のように表わすことで
Vu= a1e1+ a2e2++ amem a1 a2 am Rm
というように「番地割り」することができ、これにより V の元と「番地全体の集合」である Rm の点がぴったり 1対1 に対応して  VRm というように同一視できることになる。
このとき基底としていくつの元が必要か、ということは、座標としていくつ数が必要か、ということに対応しているから、この数は V という線形空間にいくつ「独立な方向」があるのか、ということを表している、と考えられる。この基底を構成する元の数を線形空間の次元と呼び、記号でdimRV というように表わす。

さて、基底 {ei}i=1,2,3,m を用いて線形空間 V に「番地割り」をしたときに u,vV という2つの元に対してそれぞれ
Vu a1 a2 am Rm Vv b1 b2 bm Rm
という番地が割り振られたとする。
すると番地割の定め方から、このことは u,vV
u= a1e1+ a2e2++ amem  ……(6)
v= b1e1+ b2e2++ bmem  ……(7)
のように表わせる、ということを意味している。
そこで (6)+(7) を考えてみると
u+v= (a1+b1)e1+ (a2+b2)e2++ (am+bm)em
となることが分かるから、u+v には
Vu+v a1+b1 a2+b2 am+bm = a1 a2 am + b1 b2 bm Rm
という番地が割り振られることが分かる。

また、実数 cR をひとつ取ってきて(6)式の両辺にc を掛け算してみると
c·u= c·a1e1+ c·a2e2+ + c·amem
したがって
Vc·u c·a1 c·a2 c·am =c a1 a2 am Rm
という「番地」が割り振られることが分かる。

以上から、基底 {ei}i=1,2,3,m を用いて、VRm というように、線形空間V に「番地割り」をするときに 線形空間V 上の「足し算」や「スカラー倍」が、番地の集合である「数ベクトル空間」Rm 上の「足し算」や「スカラー倍」に対応していることが分かる。したがって「足し算」や「スカラー倍」ができる集合として抽象的に定義された「線形空間」も、「数ベクトル空間」から座標軸を取り除いて得られる「原点のある真っ直ぐな空間」というイメージで調べることができる、ということが分かる。