線形代数(8)

≪行列の標準形の問題≫

一般に V を線形空間として、 dimRV=n とするとき V の異なる基底は  nn の正則行列と同じだけ存在する。
また dimRV=ndimRW=m として
(e1'e2'en')= (e1e2en)PPGL(n,R)
(f1'f2'fm')= (f1f2fm)QQGL(m,R)
という式により VW の基底を
{e1,e2,,en}{e1',e2',,en'}
{f1,f2,,fm}{f1',f2',,fm'}
というように取り替えると、線形写像 f:VW の表現行列は
A A'= Q-1AP
というように「姿」を変える。

このことは、正則行列 PGL(n,R),QGL(m,R) を用いて A=Q-1AP という関係にあるような  mn の行列 AA' は「本質的に同じ行列」である、ということを意味している。すなわち、これらの行列はいずれも f:VW という「同じ線形写像」を表わしており、行列としての姿が違って見えるのは単に「異なる視点」から眺めているからにすぎないのだ、と考えることもできる。
そこで、与えられた行列 A に対して A が「見やすい形」になるような視点を見つけることが問題になるが、このような視点を見つける問題を一般に「行列の標準形の問題」と呼ばれる。具体的には「与えられた行列 A に対して Q-1AP=Λ となるような「見やすい形」の Λ と正則行列 P,Q を求めよ」というような問題として提起される。
このとき、問題は、考察している状況に応じて
(イ) PQ が独立に取れる場合
(ロ) P=Q と取らなければいけない場合
というように2通りに場合分けされる。

このうち(イ)の場合については、与えられた行列 A に対して、行や列に関する基本変形を施すことによって
Q-1AP= Ir O O O
となるような正則行列 P,Q が存在する、という形で解決することができる。
一方、(ロ)の場合、「与えられた正方行列 A に対して P-1AP=Λ となるような「見やすい形」の Λ と正則行列 P を求めよ」ということになる。
ところが、この場合、与えられた行列に基本変形を施して「見やすい形」に変形しようとすると、行変形で「見やすい形」に近づけることができたと思った矢先に、引き続いて行わなければならない列変形によって台無しになってしまう、というようなことが起きてしまい、こうした方法で「見やすい形」に変形することは一般にとても困難である。そもそも行列 Λ が最終的にどのような行列になるのか、ということについても全く見当がつかない。

そこで「見やすい形」として「対角行列」が取れる場合について考えてみよう。すると、この場合「行列の標準形の問題」は、「与えられた正方行列 A に対して
P-1AP=Λ  ……(1)
となるような対角行列 Λ と正則行列 P を求めよ」ということになるが、これは「行列の対角化の問題」と呼ばれる。
いま(1)式は、両辺に左から行列 P を掛け算することで
P-1AP=Λ AP=PΛ  ……(2)
と書き表わすことができる。そこで(2)式が意味するもの、すなわち「行列 P に対して何を意味しているのか」ということを考えてみよう。
(行列 A が3行3列の正方行列の場合で考えてみる)
まず、対角行列 Λ
Λ= λ1 0 0 0 λ2 0 0 0 λ3   と表わし
行列 P の列ベクトルを
P=(p1p2p3)
と表わすことにする。すると(2)式 は
P-1AP=Λ AP=PΛ
  A(p1p2p3)=(p1p2p3) λ1 0 0 0 λ2 0 0 0 λ3
  (Ap1Ap2Ap3)=(λ1p1λ2p2λ3p3)

   Ap1=λ1p1 Ap2=λ2p2 Ap3=λ3p3  ……(3)
したがって(3)式より、λC,uC3 として
Au=λu  ……(4)
という形の連立一次方程式に書き直せる。
ところで、一般に nn の行列A に対して uCn,λC として、(4)式の連立一次方程式を考えると、このとき(4)式が自明でない解、すなわち u0 となる解をもつときに複素数 λC を行列A固有値と呼び、また固有値 λ に対して(4)式を満たすようなベクトル uCn を行列A の(固有値 λ に対する)固有ベクトルと呼ぶ。また固有ベクトル全体の集合
V(λ)={uCn|Au=λu}
を行列A の(固有値 λ に対する)固有ベクトル空間と呼ぶ。
そして(4)式はそのようなベクトルが存在すれば、そのようなベクトルがこの行列によって及ぼされる唯一の影響は λ倍の大きさの変化(向きの反転を含む)しかないことを意味する。そして固有値とは、その固有ベクトルが変換で定数倍されるその倍率(λ)のことである。

さらに(4)式は
(λI-A)u=O  ……(5)
というように書き換えることができる。
ここでもし (λI-A) という行列に逆行列が存在すると仮定すると、(5)式の両辺に左から (λI-A)-1 を掛け算することで u=(λI-A)-1O=O となるから、よって(5)式の解は u=O しか存在しないことが分かるから λC は行列 A の固有値ではないことが分かる。すなわち
(λI-A) が正則行列である ⇒ λC は行列 A の固有値ではない
となる。したがって
λC が行列 A の固有値である
 ⇔ (λI-A) が正則行列ではない
 ⇔ det(λI-A)=0

一般に nn の行列 A に対して t を変数として
φA(t)=det(tI-A)
という式で定まる n次の多項式 φA(t) を行列 A特性多項式と呼ぶ。特性多項式という概念を用いると行列 A の固有値の特徴づけは
λCが 行列 A の固有値である ⇔ φA(t)=0
すなわち 行列 A の固有値は「特性多項式 φA(t) の零点」として特徴づけられる。
ところで、特性多項式 φA(t)n次の多項式であるから重複度も込めて複素数 C の範囲で、ちょうどn個の零点をもつ。したがって nn の行列A に対して相異なる固有値は高々n個存在することが分かる。すなわち数ある複素数のなかで、高々n個の複素数だけが行列 A にとって「特別な複素数」として選ばれることが分かる。

そこで、「行列の対角化の問題」への取り組みとしては
(i) 特性多項式 φA(t)=det(tI-A) を計算して φA(λ)=0 の解 λC を すべて求める。( ⇒ 行列 A の固有値が求まる)
(ii)それぞれの固有値 λC に対して (A-λI)=O という連立一次方程式を解いて V(λ)={uCn|Au=λu} を求める。( ⇒ 行列 A の固有ベクトルが求まる)
(iii) V(λ) たちの中から適当にベクトル Pi(i=1.2.3.n) を取り出して正則行列P をつくる。
というような方法で「対角化」を実現することができる。

それでは、3次正方行列 A が次のように与えられたとして、これまでの考察を基に、実際に行列を対角化してみよう。
A= 3 2 -1 1 2 1 -1 0 1

(I) 固有方程式、固有値
固有値を t とすると、固有方程式は ⁡|A-tI|= 3-t 2 -1 1 2-t 1 -1 0 1-t
(i数字は行数,j数字は列数 i2+i3)  = 3-t 2 -1 0 2-t 2-t -1 0 1-t  = ⁡(2-t⁡) 3-t 2 -1 0 1 1 -1 0 1-t (i1-i2*2)  = ⁡(2-t⁡) 3-t 0 -3 0 1 1 -1 0 1-t (j2で展開)  = ⁡(2-t⁡) 3-t -3 -1 1-t  = ⁡(2-t⁡) ⁡|3-4t+t2-3⁡|  = ⁡(2-t⁡) ⁡(t-4⁡) t=0 より、固有値 t は 0, 2, 4 となる。

(II) 固有ベクトル
固有値4に対する、固有ベクトル p4 ⁡(A-4E⁡)= 3-4 2 -1 1 2-4 1 -1 0 1-4  = -1 2 -1 1 -2 1 -1 0 -3 (i1+i2)  = 0 0 0 1 -2 1 -1 0 -3
 (i2+i3)  = 0 0 0 0 -2 -2 -1 0 -3 したがって、 x1+3x3=0 x2+x3=0 これを解くと、任意定数 α(≠0) を用いて x1 x2 x3 =α 3 1 -1 固有値4に対する、固有ベクトル p4 は p4 = 3 1 -1
固有値2に対する、固有ベクトル p2 ⁡(A-2E⁡)= 3-2 2 -1 1 2-2 1 -1 0 1-2  = 1 2 -1 1 0 1 -1 0 -1 (i3+i2)  = 1 2 -1 1 0 1 0 0 0 (i1+i2)  = 2 2 0 1 0 1 0 0 0 したがって、 x1+x2=0 x1+x3=0 これを解くと、任意定数 β(≠0) を用いて x1 x2 x3 =β 1 -1 -1 固有値2に対する、固有ベクトル p2 は p2 = 1 -1 -1
固有値0に対する、固有ベクトル p0 ⁡(A-0E⁡)= 3-0 2 -1 1 2-0 1 -1 0 1-0  = 3 2 -1 1 2 1 -1 0 1 (i1+i3*3,i2+i3)  = 0 2 2 0 2 2 -1 0 1 (i1-i2)  = 0 0 0 0 2 2 -1 0 1 したがって、 x2+x3=0 x1-x3=0 これを解くと、任意定数 γ(≠0) を用いて x1 x2 x3 =γ 1 -1 1 固有値0に対する、固有ベクトル p0 は p0 = 1 -1 1


そこで、固有ベクトル p4,p2,p0 を用いて、正則行列 P
P=( p4, p2, p0⁡) = 3 1 1 1 -1 -1 -1 -1 1  とすると P-1AP = 4 0 0 0 2 0 0 0 0 =Λ
として、対角化できているはずである。 といっても、対角化が正しくできていることの確証が欲しいところである。
そこで、(2)式を思い出して欲しい。
P-1AP=Λ AP=PΛ  ……(2)


AP= 3 2 -1 1 2 1 -1 0 1 3 1 1 1 -1 -1 -1 -1 1  = 9+2+1 3-2+1 3-2-1 3+2-1 1-2-1 1-2+1 -3+0-1 -1+0-1 -1+0+1  = 12 2 0 4 -2 0 -4 -2 0 PΛ= 3 1 1 1 -1 -1 -1 -1 1 4 0 0 0 2 0 0 0 0  = 12 2 0 4 -2 0 -4 -2 0
これなら、多少時間はかかるが、逆行列を求めることなく対角化の検算を行なうことができる。