線形代数(10)

≪線形空間の「内積」構造≫

ユークリッド空間上では, ユークリッド内積を考えることにより,「ベクトルの長さ」や「二つのベクトルの間の角度」といった概念を意味付けることができた。そのことを、復習を兼ねて反省してみよう。

 先ず、ベクトル uRn が勝手にひとつ与えられたとして、ベクトル u  の長さ∥⁡u が Rn の座標を用いてどのように表わされた、かということを考えてみると、
n=1  のときには、 u=xR1  として、ベクトル  u の長さは ∥⁡u∥=|x|= x2 また、 n=2  のときには、 u= x y R2  として、ベクトル u の長さは、「三平方の定理」から ∥⁡u∥= x2+y2 さらに、 n=3  のときには、 u= x y z R3  を u1= x y 0  ,  u2= 0 0 z R3 u= u1+ u2  と分解してから、「三平方の定理」を用いると  ベクトル  u の長さは ∥⁡u∥= ∥⁡u12+∥⁡u22 = x2+y2+z2 = x2+y2+z2
という式で与えられることが分かる。
 全く同様にして、勝手な自然数 nN に対して、
u= x1 xn-1 xn  ,  u1= x1 xn-1 0  ,  u2= 0 0 xn Rn  として、Rn  のベクトルu を u= u1+ u2  と分解してから、「三平方の定理」を用いると  ベクトル  u の長さは ∥⁡u∥= ∥⁡u12+∥⁡u22 = ∥⁡u12+xn2  と表わせることが分かりますから、一般に、 Rn  のベクトル  u の長さは ∥⁡u∥= x12+x22+…+ xn-12+ xn2 (1)
という式で与えられることが分かる。

 次に、Rn  の二つのベクトル u,vRn に対して、ベクトル u とベクトル v の間の角度について考えてみる。
いま、平面上の三角形 ΔABC に対して、点 A から辺 BC に下ろした垂線の足を点 D とする。
img
すると、
d2=b2- x2 d2=c2- a-x2 より b2-x2= c2- a-x2 2ax= a2+b2 -c2  一方、x=bcosθ より 2abcosθ= a2+b2 -c2 (2)  となることが分かる。
 そこで、いま、Rn  の二つのベクトル u,vRn に対して、ベクトル u とベクトル v の間の角度を θ として、uv を二辺とする三角形に対して、いわゆる「三角形の余弦定理」(2)を適用することを考えてみると、
a=∥⁡u ,  b=∥⁡v ,  c=∥⁡u-v
img
∥⁡u· ∥⁡v· cosθ= 12 ∥⁡u2+ ∥⁡v2- ∥⁡u-v2 (3)
いま、二つのベクトル u,v が座標を用いて、
u= x1 x2 xn  ,  v= y1 y2 yn  と表わすとすると、(1)式を適用して、 ∥⁡u2+ ∥⁡v2- ∥⁡u-v2 = x12+ x22+⋯+ xn2  + y12+ y22+⋯+ yn2  - x1-y12+ x2-y22+⋯+ xn-yn2 = 2· x1y1+ x2y2+⋯+ xnyn
と表わせることが分かる。
以上の考察より、Rn 上の標準的なユークリッド内積 ⁡⟨ , ⁡⟩Rn は、座標を用いて、
⁡⟨u,v⁡⟩ Rn = x1y1+ x2y2+⋯+ xnyn = k=1 n xkyk (4)
というように表わせることが分かる。
 すると、Rn 上の標準的なユークリッド内積 ⁡⟨ , ⁡⟩Rn は、次のような基本的な性質、
(イ) 双線型性: 勝手なベクトル u,u',v,v'Rn と勝手な実数 cR に対して
⁡⟨u+u',v⁡⟩ Rn = ⁡⟨u,v⁡⟩ Rn + ⁡⟨u',v⁡⟩ Rn ⁡⟨cu,v⁡⟩ Rn = c·⁡⟨u,v⁡⟩ Rn ⁡⟨u,v+v'⁡⟩ Rn = ⁡⟨u,v⁡⟩ Rn + ⁡⟨u,v'⁡⟩ Rn ⁡⟨u,cv⁡⟩ Rn = c·⁡⟨u,v⁡⟩ Rn
(ロ) 対称性 : 勝手なベクトル u,,vRn に対して
⁡⟨u,v⁡⟩ Rn = ⁡⟨v,u⁡⟩ Rn

(ハ) 正値性 : 勝手なベクトル uRn に対して
⁡⟨u,u⁡⟩ Rn 0  かつ、 ⁡⟨u,u⁡⟩ Rn =0  ⇔  u=O
という三つの性質を持つことが分かる。

例えば、(イ) の線型性は (4)式より
⁡⟨u+u',v⁡⟩ = k=1 n xk+x'k ·yk = k=1 n xkyk + k=1 n xk'yk = ⁡⟨u,v⁡⟩ + ⁡⟨u', v⁡⟩  その他の性質も、同様の考察を行なうことで確認することができる。
特に、(ハ)より、Rn 上の標準的なユークリッド内積に関するベクトル uRn の長さは、
∥⁡u = ⁡⟨u,u⁡⟩ Rn
というように表わせることも分かる。

そこで、これらの Rn 上の標準的なユークリッド「内積の概念」を、R 上の線型空間 V 上の内積 ⁡⟨,⁡⟩V に拡張して、(イ)(ロ)(ハ) を ⁡⟨,⁡⟩Rn から⁡⟨,⁡⟩V に置き換えて、これらの条件を満たすときに、線型空間 V 上の内積と呼ぶ。

すると、内積を持つ線型空間 (V,⁡⟨ , ⁡⟩V) の元 uV の長さは、
∥⁡u = u,u V
という式によって定めることができることが分かる。また、u,vV,tR として
tu +v V という元に対して、(ハ)という条件を当てはめてみると、 0 ⁡⟨tu +v,tu +v⁡⟩V = t2·⁡⟨u ,u⁡⟩V +t· ⁡⟨u ,v⁡⟩V +t· ⁡⟨v ,u⁡⟩V + ⁡⟨v ,v⁡⟩V = ∥⁡u2 ·t2 +2 ⁡⟨u ,v⁡⟩V  · t+ ∥⁡v2
これが、勝手な実数 tR に対して成り立つためには、右辺に現われる二次式の判別式 D は D0 でなければならないから、
{ ⁡⟨u ,v⁡⟩V} 2 ∥⁡u2 · ∥⁡v2  よって |⁡⟨u ,v⁡⟩V| ∥⁡u· ∥⁡v (5)
となることが分かる。この(5)式を Schwarz の不等式 と呼ぶ。
そこで、Schwarz の不等式を用いると、
⁡⟨u ,v⁡⟩V = ∥⁡u· ∥⁡v ·cosθ
となるような実数 θR が存在することが分かるから, このような実数 θ として, 二つの元 u と v のなす角度が定義できることが分かる。
すると、線型空間 V の元の「長さ」や二つの元のなす「角度」も, ユークリッド空間上のベクトルの「長さ」や二つのベクトルのなす「角度」としてイメージすることができる。 すなわち、、線型空間 V に正規直交基底を用いて線型空間 V を「番地割り」して考えることにすると、
V,⁡⟨ ,⁡⟩V Rn,⁡⟨ ,⁡⟩Rn
というように同一視ができることになる。

さて、いま、二つのベクトル u,v が座標を用いて、
u= x1 x2 x3  ,  v= y1 y2 y3
と表わされているとする。また、3 行 3 列の勝手な行列 A が
A= a11 a12 a13 a21 a22 a23 a31 a32 a33
ひとつ与えられているとする。
 このとき、内積 ⁡⟨Au,v⁡⟩ と ⁡⟨u,Av⁡⟩ を考えてみよう。
 先ず、内積  ⁡⟨Au,v⁡⟩ は ⁡⟨Au,v⁡⟩= a11x1 +a12x2 +a13x3 a21x1 +a22x2 +a23x3 a31x1 +a32x2 +a33x3 , y1 y2 y3 = a11x1 +a12x2 +a13x3 y1 + a21x1 +a22x2 +a23x3 y2 + a31x1 +a32x2 +a33x3 y3 (6)  一方、内積  ⁡⟨u,Av⁡⟩ は ⁡⟨u,Av⁡⟩= x1 x2 x3 , a11y1 +a12y2 +a13y3 a21y1 +a22y2 +a23y3 a31y1 +a32y2 +a33y3 =x1 a11y1 +a12y2 +a13y3 +x2 a21y1 +a22y2 +a23y3 +x3 a31y1 +a32y2 +a33y3 = a11x1 +a21x2 +a31x3 y1 + a12x1 +a22x2 +a32x3 y2 + a13x1 +a23x2 +a33x3 y3 (7)
(6)、(7)式より、勝手な実数 cR に対して成り立つ(イ)の双線型性、
⁡⟨cu,v⁡⟩ Rn = ⁡⟨u,cv⁡⟩ Rn
行列では成り立たない( ⁡⟨Au,v⁡⟩⁡⟨u,Av⁡⟩)、ということが分かる。
このことをよくよく考えると、、内積 ⁡⟨u,v⁡⟩ Rn は、行列の積を用いて
⁡⟨u,v⁡⟩ = x1 x2 xn y1 y2 yn = u t · v (8)
というように表わすことができることに注意する。
 そこで、Au と v の間の内積 ⁡⟨Au,v⁡⟩ を考えてみると、⁡⟨Au,v⁡⟩ は
⁡⟨Au,v⁡⟩= Au t ·v = u t A t ·v = u t · A t v = ⁡⟨u, A t v⁡⟩  したがって、 ⁡⟨Au,v⁡⟩= ⁡⟨u, A t v⁡⟩ (9) となることが分かる。
そこで、
⁡⟨Au,v⁡⟩=⁡⟨u,Bv⁡⟩ u ,v Rn (10)  となるような行列、もちろん、 B= A t
とすれば、(10)式が成り立つことは分かるが、(10)式を満たす行列 B は At だけだろうか。
いま、(10)式を満たす行列 B が見つかったと仮定してみよう。すると、内積はスカラーであり、線型性をもつから、(10)式から(9)式を引き算してみると
0= ⁡⟨u,Bv⁡⟩- ⁡⟨u, A t v⁡⟩ = ⁡⟨u, Bv- A t v⁡⟩ = ⁡⟨u, B- A t v⁡⟩  となることから、 ⁡⟨u, B- A t v⁡⟩ =0  これが、勝手なベクトル、uRn に対して、成り立つから B- A t v =0  さらに、勝手なベクトル、vRn に対しても、成り立つから B- A t =0
でなければならないことが分かる。
以上から、与えられた行列 A に対して、(10)式を満たすような行列 B は、
B= A t
しか存在しない、ということが分かる。すなわち、行列 A に対して, その転置行列 At は、(10)式を満たすような行列として一意的に特徴付けられる。