無限和の不思議
数や関数など互いに足すことのできる数学的対象について考えられる無限項の和のことを、
級数という。ところで、無限の項の和の形に表された級数が何を表しているかということは一見必ずしも明らかではないため、何らかの意味付けを与えなければならない。そこで、最もよく採用される理解の方法は、有限個の項の和が収束する先を無限級数の値とすることである。
すなわち、「勝手な自然数
に対して、
という「部分和」を考えて、
という「部分和からなる数列」の極限が存在するときに限って、級数
は意味を持ち、その値は
である
と考える。
したがって、このような極限が存在しない場合には「無限和」は意味がないと考えられるので、「意味のある無限和」と「意味の無い無限和」とをきちんと区別できることが重要である。このような区別をハッキリと表わすために、前者の場合には 「級数は収束する」と言い、後者の場合には「級数は発散する」と言う。
例えば、つぎの(A),(B) の場合を考えてみよう。
……(A)
……(B)
(A) いま、
のとき、
になることに注意して、(1)式の両辺を k から k+1 まで積分してみると、
∫
k
k+1
dxx
≤
1k
⁡(k=1,2,3,⋯)
……(2)
そこで、(2)式の両辺で
k=1 から n までの和をとると、
∫
1
n+1
dxx
≤
∑
k=1
n
1k
=Sn
log(n+1)
≤Sn
……(3)
ここで、log(n+1) は単調増加関数であるから、
n→∞ のとき Sn→∞ となることが分かる。
一方、(B) は
n-1≤n なので、
1n2=
1n·n≤
1n(n-1)=
1n-1-
1n
となることに注意すると、
Sn'=
1+122+132
+⋯+1n2
≤
1+(11-12)+(
12-13⁡)
+(
13-14)+⋯+(
1n-1-1n⁡)
=
2-1n≤2
したがって、
Sn' は 2 を超えられない、ということが分かる。
ところで、(A),(B) のように全ての項
an が
an≥0 になっている場合、このとき
S=∑n=1∞an という級数は、すべて正の項からできているので、このような級数を
正項級数と呼ぶ。正項級数に対する部分和
Sn は、
S1≤S2≤⋯≤Sn≤Sn+1≤⋯
というように、だんだん大きくなっていくだけだから、起こりうる可能性は次の二通りしか存在しない。
(イ)
Sn ははいくらでも大きくなる。
limn→∞Sn
=+∞
(ロ)
Sn は「頭打ち」になる。
limn→∞Sn
という極限が存在する
とくに(ロ)の場合、ある実数
C∈R が存在して、すべての自然数
N=1,2,3,⋯ に対して SN≤C が成立する。
この場合、
SN はどんどん大きくなるが、
C という数で「頭打ち」にされているわけだから、いずれ
C を超えない「或る値に落ち着くだろう」と、考えることができる。このように、正項級数では「無限和」が意味あるものか、そうでないかは、部分和
SN が「頭打ち」になっているかどうかで判別することができる、ということが分かる。
そこで、一般の級数
S=∑n=1∞an を考えた場合 S には、「正の項」や「負の項」が混在する。その場合、「正の項」の寄与分と「負の項」の寄与分とに分解して、考えてみる。まず、与えられた数列 {
an } に対して、
an+=
an,an≥0 のとき
0,an≤0 のとき
an-=
0,an≥0 のとき
-an,an≤0 のとき
……(4)
という式により定まる二つの正項級数を考えて、その部分和を、それぞれ
SN+=
∑n=1N
an+
,
SN-=
∑n=1N
an-
とすると、
SN=
SN+-
SN-
……(5)
いま、部分和
SN を(4)式のように分解して考えると、
{SN+}
N=1,2,3,⋯ ,
{SN-}
N=1,2,3,⋯ という数列は、それぞれ単調増加数列となるから、
S+=
limN→∞SN+ ,
S-=
limN→∞SN-
として、
S+,S- の可能性は、上で見たようにそれぞれ「有限の値に落ち着く」か「無限大になる」かの二通りしか存在しない。したがって、
S=limN→∞SN
の可能性としては、次の4つのパターンが考えられる。
(a)S=S+-S- (S+ が有限 ,S- が有限 ⁡)
(b)S=∞-∞ (S+=∞,S-=∞⁡)
(c)S=S+-∞ (S+ が有限 ,S-=∞⁡)
(d)S=∞-S- (S+=∞,S- が有限 ⁡)
このうち、極限が存在しうるのは、(a)(b)の二つのパターンで、(c)(d)の場合は、一方の「
∞」に引きずられて「発散」する。
まず、(a)の条件は、「
SN+,SN- の両方が共に「頭打ち」になる」ということである。すると、(4)の定め方から
an+,an-
≤|an|=an++an-
になることに注意すると、
SN++
SN- も「頭打ち」になることになる。したがって、この条件は、
∑n=1N|an| という部分和も「頭打ち」になることであるから、
∑n=1∞|an|<∞
というただひとつの条件に言い換えることができる。すなわち、
∑n=1∞|an| が存在する
⇔
∑n=1∞an が絶対収束する
……(6)
このことが「絶対収束」と呼ばれる所以である。
また、極限が存在するもうひとつのパターンである(b)についてみると、この場合には、形式的には意味をなさない
S=S+-S-
=
∞-∞
という式が「上手いこと」有限の値になっているという「微妙な場合」であることが分かる。すなわち、この場合には、
SN+ と SN- というそれぞれの部分和の大きさが, どちらかがもう一方を圧倒してしまうということのないように、「上手いこと」
an の順番が選ばれている結果として、部分和
SN の極限が存在しているのだと理解することができる。したがって、この場合には「足す順番」が本質的である、ということが言える。この意味で, このような級数を「条件収束する級数」と呼ぶ。このような級数は「足す順番」を変えると, どのような実数にでも収束させることができる(リーマンの「再配列定理」)。
いままで、一般の級数にはどんな「収束」の仕方があるか、を見てきた。
しかし、ある級数
∑n=1∞an が与えられたときに、級数の値を求めることは, 一般には極めて困難である。そもそも、級数は「無限和」であるから、それが「収束」するのか、ましてや値がきちんと定まっているのか、を見極めることは甚だ困難である。(例えば、(B)の例題ーバーゼル問題は提起からオイラーの解明まで90年間を要した)
いま、一般の級数の「収束」の条件を考えるとき、知りたいことは「級数
∑n=1∞an の正確な値」でなく、「値がきちんと定まるかどうか」ということだけであることに注意すると、
∑n=1∞an という級数を直接扱うのでなく、より調べやすい
∑n=1∞|an| という「正項級数」が収束するかどうか、すなわち、上の(6)の考えで検討してみよう。
ところで、(6)の (
⇔ ) が主張していることは、
∑n=1∞|an| という正項級数の値がきちんと定まるなら
∑n=1∞an という級数の値もきちんと定まり、しかもその「総和」は「項を足す順番」によらない、逆に
∑n=1∞an という級数の値がきちんと定まり、しかもその「総和」が「項を足す順番」によらないなら
∑n=1∞|an| という正項級数の値もきちんと定まる、ということであって、
∑n=1∞|an| という値と、
∑n=1∞an という値との間に何らかの関係がある、ということではない。したがって、一般には
∑n=1∞|an| の値が求まったからと言って
∑n=1∞an の値が求まるとは限らない、ということである。
そこで、「部分和が具体的に計算できて、しかも、勝手な級数と「大きさ比べ」ができそうな級数」を探すことになるが、幸いにして、そうした目的のために都合の良い級数とい
うのが存在する、「等比級数」である。
等比級数には公比である M というパラメータがあるので、勝手にひとつ級数
∑n=1∞an が与えられたときに、その与えられた級数に応じて公比 M の値を上手く選んでやれば、十分大きな自然数 n に対して一般項
an と Mn の大きさ比べができるようになるのではないか、と考えられる。そのために、まず、
|an| と Mn が比べられるような「公比」 M の値として、どのような値が一番もっともらしいのか、すなわち、n が非常に大きくなったときに
{|an|}n=1,2,3,⋯ という数列が「等比数列のように見える」としたら、その一番もっともらしい「公比」はなにか?
いま、
n≫1 のとき
|an|≒Mn
……(7)
と見えるような実数 M が存在するとする。
すると、(7)式より、
n≫1 のとき
|an|
1n
≒M
という式が成り立つということになるから、数列
{|an|}n=1,2,3,⋯ の「仮想的な公比」 M は
M=
limn→∞
|an|
1n
……(8)
という式によって与えられるのではないかと予想できる。
また、すべての自然数
n∈N
に対して an≠0 であるときには、次の項に移るときに何倍されるのかという「倍率」に注目すると、
an+1 an という数列を考えることができるが、もし、(7)式が成り立つとすれば、
|an+1|≒
Mn+1
……(9)
ということになるから、(9)式の両辺を (7)式で割ると
|an+1
an |≒
M
となることが分かる。この場合には、数列
{|an|}n=1,2,3,⋯ の「仮想的な公比」 M は
M=
limn→∞|an+1
an |
……(10)
という形で与えられるのではないかと、予想される。
ところで、もし、一般項
|an| の大きさが
|an|
≒
Mn
というように、
Mn とほぼ等しいとすれば、それらの和である
∑n=1∞|an| の大きさも
∑n=1∞
|an|
≒
∑n=1∞
Mn
というように、
∑n=1∞Mn とほぼ等しい。
したがって、
∑n=1∞|an| が収束するか、または発散するか、ということは
∑n=1∞Mn が収束するか、または発散するか、ということとほぼ等しいはずである。すると、
∑n=1∞Mn という等比級数は、
0≤M<1 のときは収束し、
M≥1 のとき発散するから
(イ) M<1⇒
∑n=1∞|an|<+∞ となる。すなわち、級数 ∑n=1∞|an| は絶対収束する。
(ロ) M>1⇒
∑n=1∞an は発散する。
これが、級数収束の判定法の代表的なもので、
「ダランベールの収束判定法」と呼ばれる。
≪ ベキ級数と収束半径 ≫
いま、勝手な実数
c0,c1,c2,c3,⋯∈R に対して、
g⁡(x⁡)
=
∑n=0∞
cnxn
=
c0+c1x+c2x2+c3x3+⋯
……(11)
とすると、一般項が
cnxn というように「
x のべき乗の形」をしているので、(11)式のような形の級数を
「ベキ級数」と呼ぶ。
そこで、いま、(11)式において、実数
x0∈R を勝手にひとつ取ってきて、
x=x0 という具体的な数を考えると、このとき
g(x) は
g(x0)=
∑n=0∞
cn
x0n
となり、一般項
an は an=cnx0n となるから
|an|
1n=
|cn|
1n
·⁡|x0⁡|
となることが分かる。したがって、数列
{|an|}n=1,2,3,⋯ の「仮想的な公比」
M=
limn→∞
|an|
1n
は、
M=
limn→∞
(|cn|
1n
·⁡|x0⁡|)
=
⁡|x0⁡|·
limn→∞
|cn|
1n
と表わすことができる。そこで、
L=
limn→∞
|cn|
1n
……(12)
とすると、
M=
|x0|·L
となるから、「級数の収束判定法」により、
|x0|·L
<1 なら
g(x0)=
∑n=0∞
cn
x0n
という級数は「絶対収束」し、
|x0|·L
>1 ならこの級数は「発散する」。
と言える。
また、
cn≠0 で cn+1 cn という数列を考えることができる場合には、
an+1 an =
x0·cn+1 cn
となることが分かるから、数列
{|an|}n=1,2,3,⋯ の「仮想的な公比」 M は
M=
limn→∞
|an+1 an |
=
⁡|x0⁡|·
limn→∞
|cn+1 cn |
と表わすことができる。そこで、
L=
limn→∞
|cn+1 cn |
……(13)
とすると、
M=
|x0|·L
となるから、「級数の収束判定法」により、
|x0|·L
<1 なら
g(x0)=
∑n=0∞
cn
x0n
という級数は「絶対収束」し、
|x0|·L
>1 ならこの級数は「発散する」。
と言える。
すなわち、ベキ級数
g(x)=
∑n=0∞
cn
x0n
に対して、(12)式、あるいは(13)式によって定まる極限値
L が存在するとすると、
(イ) |x0|·L
<1⇒
g(x0)=
∑n=0∞
cn
x0n
は絶対収束する。
(ロ) |x0|·L
>1⇒
g(x0)=
∑n=0∞
cn
x0n
は発散する。
ここで、
r=
1L
と書くことにすると、(イ)の条件は、
|x0|<r という式に、(ロ)の条件は、
|x0|>r という式にそれぞれ書き直すことができる。ただし、
L=0→r=+∞
L=+∞→r=0
と約束する。
こうして定まる(
+∞も含めた)非負の実数
r∈R≥0∪{+∞} のことをベキ級数
∑n=0∞
cn
x0n の「
収束半径」と呼ぶ。この言葉を使うと、ベキ級数は収束半径の中(
|x|<r)では絶対収束して値がきちんと定まるが、収束半径の外(
|x|>r)では発散して値は定まらない、といえる。また、収束半径上(
|x|=r)では M=1 という「微妙な場合」にあたるので、一般には収束、発散について一概には何も言えず個別に調べることになる。
<「牛腸作 数学IB演習」・独習ノートより>
(1)テーラー展開とはなにか
(2)テーラー展開の注意点
(3)部分積分とテーラーの定理
(4)テーラーの定理・剰余項の考察
(5)テーラー多項式の考察
(6)テーラー展開の計算
(7)合成関数のテーラー展開
(8)近似式としてのテーラー展開
(9) a のまわりでのテーラー展開
(10)テーラーの定理・極限
(11)多変数のテーラー展開
補論・積分に関する「平均値の定理」
補論・発散のスピード
補論・ロルの定理・考察
補論・偏微分(1)偏導関数
補論・偏微分(2)ヤングの定理
余録・バーゼル問題とテーラー展開