摘要ノート「資本論」(11)

第三章 貨幣または商品流通

第三節  貨幣

金が貨幣として機能するのは、一方では、その金の肉体のままで、したがって貨幣商品として、現れなければならない場合、すなわち価値尺度の場合のように単に観念的にでもなく流通手段の場合のように代理可能にでもなく現れなければならない場合であり、他方では、その機能が金自身によって行わるか代理者によって行われるかにかかわりなく、その機能が金を唯一の価値姿態または交換価値の唯一の適当な定在として、単なる使用価値として他のすべての商品に対立させて固定する場合である。

a 貨幣蓄蔵

 商品流通そのものの最初の発展とともに、第一の変態の産物、商品の転化した姿態または商品の金蛹を固持する必要と熱情とが発展する。商品は、商品を買うためにではなく、商品形態を貨幣形態と取り替えるために、売られるようになる。この形態変換は、物質代謝の単なる媒介から自己目的になる。商品の離脱した姿は、商品の絶対的に譲渡可能な姿またはただ瞬間的な貨幣形態として機能することを妨げられる。こうして、貨幣は蓄蔵貨幣に化石し、商品の売り手は貨幣蓄蔵者になるのである。

商品流通が始まったばかりのときには、ただ使用価値の余剰分だけが貨幣に転化される。こうして、金銀は、おのずから、有り余るものまたは富の社会的な表現になる。このような貨幣蓄蔵の素朴な形態が永久化されるのは、かたく閉ざされた欲望範囲が伝統的な自給自足的な生産様式に対応している諸民族の場合である。

商品生産がさらに発展するにつれて、どの商品生産者も、諸物も神経、「社会的な質物」を確保しておかなければならなくなる。…彼は、売ることなしに買うためには、まえもって、買うことなしに売っていなければならない。…貴金属はその生産源では直接に他の諸商品と交換される。ここでは、売り(商品所持者の側での)が、買い(金銀所持者の側での)なしに行われる。そして、それ以後の、あとに買いの続かない売りは、ただすべての商品所持者のあいだへの貴金属の再配分を媒介するだけである。こうして、交易のすべての点に、大小さまざまな金銀蓄蔵が生ずる。商品を交換価値として、または交換価値を商品として固持する可能性とともに、黄金欲が目ざめてくる。商品流通の拡大につれて、貨幣の力が、すなわち富のいつでも出動できる絶対的に社会的な形態の力が、増大する。

貨幣ではいっさいの質的な相違が消え去っているように、貨幣そのものもまた徹底的な平等派としていっさいの相違を消し去るのである。しかし、貨幣はそれ自身商品であり、だれの私有物にでもなれる外的なものである。こうして、社会的な力が個人の個人的な力になるのである。

蓄蔵貨幣の直接的な形態と並んで、その美的な形態、金銀商品の所有がある。それは、ブルジョア社会の富とともに増大する。「金持ちになろう。さもなくば金持ちらしくみせかけよう。」(ディドロ)

貨幣蓄蔵は金属流通の経済ではいろいろな機能を果たす。…商品流通が規模や価格や速度において絶えず変動するにつれて、貨幣の流通量も休みなく満ち干きする。だから、貨幣流通量は、収縮し膨張することができなければならない。あるときは貨幣が鋳貨として引き寄せられ、あるときは鋳貨が貨幣としてはじき出されなければならない。現実に流通する貨幣量がいつでも流通部面の飽和度に適合しているようにするためには、一国にある金銀量は、現に鋳貨機能を果たしている金銀量よりも大きくなければならない。この条件は、貨幣の蓄蔵形態によって満たされる。蓄蔵貨幣貯水池は流通する貨幣の流出流入の水路として同時に役だつのであり、したがって、流通する貨幣がその流通水路からあふれることはないのである。


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