Jordan 標準形 (4)

<「簡易な形」としての Jordan 行列 >

これまでの考察を振り返ると、勝手な自然数 n N と勝手な複素数 λ C に対して、
J n λ = λ 1 0 0 0 λ 1 0 0 0 λ 1 0 0 0 0 λ n  個 (1)
というように、対角線上に λ が並び, その一段上だけに 1 が並んだような行列を Jordan細胞(Jordan block)、また n 1 n 2 n k N , λ 1 λ 2 λ k C として、

J = J n 1 λ 1 J n 2 λ 2 J n k λ k (2)

というように、対角線上に Jordan 細胞がいくつか並んだような形の行列 J Jordan 標準形と呼ぶ。とくに、 n = 1 の場合には、Jordan 細胞 J 1 λ

J 1 λ = λ となるから、 n 1 = n 2 =⋯= n k = 1
となる場合として、すなわち、対角線上に並ぶ Jordan 細胞のサイズがすべて「1」である場合として、(2)式は「対角行列」を含んでいることに注意する。

いま、
N = 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 n  個
とすると、(1)式で与えられる Jordan 細胞 J n λ

J n λ = λ I + N

というように、スカラー行列 λ I と「見やすい形」のベキ零行列 N の和の形に表わすことができる。このようにスカラー行列と「見やすい形」のベキ零行列の和の形に表わして考えることにすると、勝手な自然数 m N  に対して、二項展開を用いることで、比較的簡単に J n λ m を具体的に求めることができるし, より一般に、勝手な多項式 f x C x に対して、Taylor 展開を二項展開と解釈することで、比較的簡単に f J n λ を具体的に求めることもできる。

また、 A 1 A 2 A k を、必ずしもサイズが等しいとは限らない、正方行列として、

A = A 1 A 2 A k

というように、対角線上に正方行列がいくつか並んだような形の行列 A を考えると、勝手な自然数 m N に対して

A m = A 1 m A 2 m A k m (3)

となることが分かる。さらに、勝手な多項式

f x = a 0 + a 1 x +⋯+ a m x m C x  に対しても、例えば、 A = A 1 A 2  とすると (3)式より f A = a 0 I + a 1 A +⋯+ a m A m = a 0 I I + a 1 A 1 A 2 +⋯+ a m A 1 m A 2 m = a 0 I + a 1 A 1 +⋯+ a m A 1 m a 0 I + a 1 A 2 +⋯+ a m A 2 m = f A 1 f A 2
となることが分かるから、より一般に、勝手な多項式 f x C x に対して

f A = f A 1 f A 2 f A k

と計算できることが分かる。よって、(2) 式で与えられる Jordan 標準形 J に対しても、比較的簡単に J m  や  f J を具体的に求めることができることが分かる。 その意味で、(2) 式で与えられる Jordan 標準形 J も「見やすい形」の行列であると考えることができる。

そこで、実際に Jordan 標準形を求めるためにはどうすればよいのか、ということを考えるにあたって、まず、Jordan 標準形の「構造」が、どうなっているのか、を3行3列の正方行列を例に考えてみよう。

いま、3行3列の正方行列を考えた場合、Jordan 標準形は λ μ ν C を互いに異なる複素数として、Jordan 細胞に注意すると、本質的に
J 1 = λ 0 0 0 μ 0 0 0 ν J 2 = λ 0 0 0 λ 0 0 0 μ J 3 = λ 0 0 0 λ 0 0 0 λ J 4 = λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ J 5 = λ 1 0 0 λ 0 0 0 λ J 6 = λ 1 0 0 λ 1 0 0 λ (4)  という六種類しか存在しない。。。  デモ・・・ J 4 ' = μ 0 0 0 λ 1 0 0 λ J 5 ' = λ 0 0 0 λ 1 0 0 λ  とかいう Jordan 行列もあるんじゃない? しかし、よくよく考えると、例えば、行列 J 4 ' を掛け算することによって定まる V 上の線型写像を

L : V V  と表わすことにして、 e 1 = 1 0 0 , e 2 = 0 1 0 , e 3 = 0 0 1 V = C 3  とすると、 L e 1 L e 2 L e 3 = e 1 e 2 e 3 · J 4 ' = e 1 e 2 e 3 μ 0 0 0 λ 1 0 0 λ (5)  したがって、 L e 1 = μ e 1 L e 2 = λ e 2 L e 3 = e 2 + λ e 3
となることが分かる。そこで、式の順番を取り替えて、一番目の式を三番目に書くことにすると
L e 2 = λ e 2 L e 3 = e 2 + λ e 3 L e 1 = μ e 1  すなわち、 L e 2 L e 3 L e 1 = e 2 e 3 e 1 λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ = e 2 e 3 e 1 · J 4
したがって、 e 2 e 3 e 1 という基底を用いて、 V = C 3 の「番地割り」を「新番地割り」に取り替えると、 V の「新番地割り」に関する線型写像 L の表現行列が J 4 となることを意味するが、ここで、「新番地割り」を与える基底 e 2 e 3 e 1 は、「旧番地割り」を与える基底 e 1 e 2 e 3 を用いて、

e 2 e 3 e 1 = e 1 e 2 e 3 0 0 1 1 0 0 0 1 0  と表わせるから P = 0 0 1 1 0 0 0 1 0  とすると、 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 1 1 0 0 0 1 0 →…→ 0 1 0 0 0 1 1 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1  したがって、 P -1 J 4 ' P = 0 1 0 0 0 1 1 0 0 μ 0 0 0 λ 1 0 0 λ 0 0 1 1 0 0 0 1 0 = 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 μ λ 1 0 0 λ 0 = λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ = J 4 P -1 J 4 ' P = J 4 (6)
一般に、Jordan 標準形は、 J の対角線上に現われる Jordan 細胞の順番を取り替えて、異なる形の Jordan 標準形 J ' を考えたとしても、これらの行列は C n の基底の順番を取り替えることにより、互いに移り合えることが分かるから、本質的に同じ標準形であると考えることができる。

すなわち、n 行 n 列の行列 A に対して、行列 A を掛け算することによって定まる線型空間 C n 上の線形写像を
L A : C n C n
という記号を用いて表わすことにすると、行列 A は線形空間 C n の自然な基底に関する線型写像 L A の表現行列であると解釈するこ とができる。そこで、 C n の基底 p 1 p 2 p n を勝手にひとつ取ってきて、 p 1 p 2 p n という基底を用いて、 C n の「番地割り」をやり直してみると、このような「番地割り」の取り換えのもとで、線型写像 L A の表現行列は、 p 1 p 2 p n C n を列ベクトルとする正則行列を
P = p 1 p 2 p n  として、 A P -1 A P
というように、「姿」を変える。このことは、適当な正則行列 P を用いて
A ' = P -1 A P
という関係にあるような正方行列 A  と  A ' は「本質的に同じ行列」であるということを意味している。

ところで、Jordan 標準形は「見やすい形の上三角行列」であると考えることもできるが、一般に、上三角行列
Λ = λ 1 0 λ 2 0 0 λ n -1 0 0 0 λ n  の特性(固有)多項式は φ A x = x - λ 1 x - λ 2 x - λ n
となることに注意すると、, 行列 A の特性多項式 φ A x を求めて, φ A x を一次式の積に分解することにより, 行列 A の Jordan 標準形 J の「対角成分」が求まることが分かる。 特に, 行列 A が対角化可能のときには, すなわち,J が対角行列となるときには, 特性多項式 φ A x を求めることで, 行列 A の Jordan標準形 J を求めることができる。しかし 対角成分以外に, 1 がいくつか現われる場合には, 特性多項式だけからでは, 1 がどのように現われるのか、という情報までは拾えないことになる。

Jordan 標準形の存在と一意性の証明を読んでも、「次の行列の Jordan 標準形を求めよ」という問題を解くことに、直接には役に立たない。その手の問題が解けるようになるには、さらに別の工夫が必要になる。

<最小多項式>

 さて、A を正方行列とすると、 A 2 , A 3 などを考えることができるから、勝手な多項式 f x  に対して、 f A という行列を考えることができる。すなわち、複素数を係数とする多項式全体の集合を、

C x = { f x = a 0 + a 1 x +…+ a n x n | n N , a 0 a 1 a n C } として、 f x = a 0 + a 1 x +…+ a n x n C x に対して、 f A = a 0 I + a 1 A +…+ a n A n という行列を考えることができる。
そこで、行列 A を「根」に持つような多項式全体の集合を

I A = f x C x  |  f A = O

という記号を用いて表わすことにすると、行列 A の性質は I A という集合に強く反映されることになる。そこで、 I A に属する 0 でない多項式のうち、次数が最も低い多項式(のうちのひとつ)を  0 ψ A x I A とすると、多項式 f x が行列 A を「根」にもつための条件を

f A = O f x  は  ψ A x  で割り切れる したがって、 I A  は I A = ψ A x g x C x  |  g x C x = ψ A x · C x (7)
というように記述できることが分かる。こうして得られる多項式 ψ A x を行列 A の最小多項式と呼ぶ。その際、最小多項式 ψ A x は、0 でない定数を掛け算するだけの不定性があるから、こうした不定性を除くために、最小多項式 ψ A x として、変数 x に関する最高次の係数が 1 の多項式を考えるのが普通である。

行列 A が「見やすい形」の行列の場合には、勝手な多項式 f x C x に対して、比較的簡単に行列 f A を計算することができるから f A = O となるための多項式 f x が満たすべき条件を直接調べることにより、最小多項式 ψ A x を求めることができる。

例えば、勝手な多項式 f x C x に対して、(4) の f J i を求めてみると、
f J 1 = f λ 0 0 0 f μ 0 0 0 f ν , f J 2 = f λ 0 0 0 f λ 0 0 0 f μ f J 3 = f λ 0 0 0 f λ 0 0 0 f λ , f J 4 = f λ f ' λ 0 0 f λ 0 0 0 f μ f J 5 = f λ f ' λ 0 0 f λ 0 0 0 f λ , f J 6 = f λ f ' λ 1 2! f '' λ 0 f λ f ' λ 0 0 f λ
となることが分かる。(参照)序・Jordan標準形(1)

 いま、 f J i = O とすると、
f J 1 = O f λ = f μ = f ν = 0 f J 2 = O f λ = f μ = 0 f J 3 = O f λ = 0 f J 4 = O f λ = f ' λ = f μ = 0 f J 5 = O f λ = f ' λ = 0 f J 6 = O f λ = f ' λ = f '' λ = 0
よって, それぞれの Jordan 標準形に対する最小多項式 ψ J i t は、
ψ J 1 x = x - λ x - μ x - ν ψ J 2 x = x - λ x - μ ψ J 3 x = x - λ ψ J 4 x = x - λ 2 x - μ ψ J 5 x = x - λ 2 ψ J 6 x = x - λ 3
となることが分かる。

一方、Cayley-Hamilton の定理に注目すると、Cayley-Hamilton の定理とは, 勝手にひとつ取ってきた正方行列 A に対して、A の特性多項式

φ A x = det x I - A

に A 自身を代入してみると、常に

φ A A = O

というように零行列になるということ, すなわち

φ A x I A

となるということを主張する定理である。すると I A の元は、すべて、最小多項式 ψ A x に適当な多項式を掛け算して得られる(7)ことが分かるから、

 最小多項式  ψ A x   は特性多項式  φ A x を割り切る、ような多項式であることが分かる。

 この事実を用いると、A が 3行 3列の行列の場合というように、行列 A のサイズがあまり大きくないときには、特性多項式 φ A x を割り切るような多項式に行列 A を代入して、その結果が零行列 O になるかどうかを調べてみることで最小多項式を求めることができる。

 例えば、行列 A の特性多項式が
φ A x = x - λ 3
となったとすると、この時点で、行列 A の最小多項式は
  x - λ x - λ 2 x - λ 3 C x
のうちのいずれかの多項式になることが分かる。そこで、それぞれの多項式に行列 A を順番に代入して、例えば、
A - λ I O A - λ I 2 O A - λ I 3 = O
となったとすれば、行列 A の最小多項式は、
ψ A x = x - λ 3
となることが分かる。

これらの事実を考慮すると、3次正方行列の Jordan 標準形は次のように分類できる。 (8)
特性多項式 最小多項式 Jordan 標準形 J 1 x - λ x - μ x - ν x - λ x - μ x - ν λ 0 0 0 μ 0 0 0 ν J 2 x - λ 2 x - μ x - λ x - μ λ 0 0 0 λ 0 0 0 μ J 2 ' x - λ x - μ 2 x - λ x - μ λ 0 0 0 μ 0 0 0 μ J 3 x - λ 3 x - λ λ 0 0 0 λ 0 0 0 λ J 4 x - λ 2 x - μ x - λ 2 x - μ λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ J 5 x - λ 3 x - λ 2 λ 1 0 0 λ 0 0 0 λ J 6 x - λ 3 x - λ 3 λ 1 0 0 λ 1 0 0 λ
因みに、2次正方行列の Jordan 標準形は次のように分類できる。
特性多項式 最小多項式 Jordan 標準形 x - λ x - μ x - λ x - μ λ 0 0 μ x - λ 2 x - λ 2 λ 1 0 λ x - λ 2 x - λ λ 0 0 λ
以上みてきたように、行列 A が、2次正方行列や3次正方行列のように、行列のサイズが小さい場合には、特性多項式と最小多項式を求めることで Jordan 標準形を決定することができる ことが分かる。しかし、このことはサイズの小さな行列を考えているために Jordan 標準形の種類が少ない、という特殊性から成り立つ事実である、ということに注意する。

さて、3行 3列の行列 A の場合には、特性多項式と最小多項式を調べることで Jordan 標準形 J k を決定することができるから、後は、

P -1 A P = J k (9)

となるような正則行列 P を求めることで、「行列の標準形の問題」は解決することになる。そこで、

P = p 1 p 2 p 3

というように表したときに、P が正則行列であるという条件のもとで (9)式という方程式が、 p 1 p 2 p 3 C 3 に対するどのような方程式に読み替えることができるのか、ということを考えてみる。

まず、 k = 1 2 3  の場合には、 J k は対角行列になるから、
P -1 A P = λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ 3 (10)  と表わすとすると、 ⇔  A P = P λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ 3 ⇔  A p 1 p 2 p 3 = p 1 p 2 p 3 λ 1 0 0 0 λ 2 0 0 0 λ 3 ⇔  A p i = λ i p i i = 1,2,3
なることが分かる。したがって、この場合には、

A - λ i I p i = O i = 1,2,3

という連立一次方程式を解くことによって、(10)式を満たすような正則行列 P が求まることになる。

次に、 k = 4  の場合には、 J 4 は、
P -1 A P = λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ (11)  と表わすとすると、 ⇔  A P = P λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ ⇔  A p 1 p 2 p 3 = p 1 p 2 p 3 λ 1 0 0 λ 0 0 0 μ ⇔  A p 1 = λ p 1 A p 2 = p 1 + λ p 2 A p 3 = μ p 3
なることが分かる。したがって、この場合には、

A - λ I p 1 = O A - λ I p 2 = p 1

という連立一次方程式を解くことと、

A - μ I p 3 = O

という連立一次方程式を解くことによって、(11)式を満たすような正則行列 P が求まることになる。

さらに、 k = 5  の場合には、 J 5 は、
P -1 A P = λ 1 0 0 λ 0 0 0 λ (12)  と表わすとすると、 ⇔  A P = P λ 1 0 0 λ 0 0 0 λ ⇔  A p 1 p 2 p 3 = p 1 p 2 p 3 λ 1 0 0 λ 0 0 0 λ ⇔  A p 1 = λ p 1 A p 2 = p 1 + λ p 2 A p 3 = λ p 3
なることが分かる。したがって、この場合には、

A - λ I p 1 = O A - λ I p 3 = O A - λ I p 2 = p 1

という連立一次方程式を解くことによって、(12)式を満たすような正則行列 P が求まることになる。
(*注)
 ここで、注意すべきことは、与えられたベクトル p 1 C 3 に対して、
A - λ I p 2 = p 1
という連立一次方程式が解を持つためには
p 1 Im A - λ I = A - λ I u C 3  |  u C 3
でなければならない。
最後に、 k = 6  の場合には、 J 6 は、
P -1 A P = λ 1 0 0 λ 1 0 0 λ (13)  と表わすとすると、 ⇔  A P = P λ 1 0 0 λ 1 0 0 λ ⇔  A p 1 p 2 p 3 = p 1 p 2 p 3 λ 1 0 0 λ 1 0 0 λ ⇔  A p 1 = λ p 1 A p 2 = p 1 + λ p 2 A p 3 = p 2 + λ p 3
なることが分かる。したがって、この場合には、

A - λ I p 1 = O A - λ I p 2 = p 1 A - λ I p 3 = p 2

という連立一次方程式を解くことによって、(13)式を満たすような正則行列 P が求まることになる。